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  1. 足あと帳(0)(管理人)13/06/04(火)20:31
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12月15日易しい聖書

 投稿者:zebramedaka  投稿日:2013年12月16日(月)15時19分35秒 180-198-200-17.nagoya1.commufa.jp
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  12月15日易しい聖書

12月も半ばになってしまいました。寒い一日でした。今日は新約聖書の学び。ヨハネによる福音書。参加者3人。午後1時から。
8章 1~11節『姦通の女』:
  12~20節『イエスは世の光』
  21~30節『私の行く所にあなたたちは来ることができない』

ヨハネよる福音書はとても難しいです。どうしても言葉がすんなりと入ってきません。ある種の違和感を感じてしまいます。それがどこに原因があるのかをこれから学びつつ、時間をかけ、祈りをもって、考えて行きたいと思っています。
ヨハネによる福音書の中心的テーマ:
「始めに言があった、言は神とともにあった。ことばは神であった。、、、万物は言によってなった。言のうちに命があった。命は人間を照らす光であった。光は暗闇の中に輝いている。光は暗闇を理解しなかった。、、、」

8章1~11節の姦通の現場を捕らえられた女性をファリサイ人等がイエス様の前に引き立てて、告発したときのイエス様の対応、直接対応する事無く、地面にただ淡々と何かを書かれていた姿。しつこく答えを求められて、ただ一言「あなたがたの中で、罪のないものがまず石を投げたらよいだろう」とこともなげに言われて、また何事も無かったように地面に何かを書いていた。内村鑑三先生は、その情景は一つの傑出した絵画である、と言われています。イエス様の香り高い人格の発散を感じられます。そうしたイエス様の人格が告発したファリサイ人たちの良心に訴えるものがあり、良心の痛みによって一人去り二人去りして最後はイエス様と、女のみが残った。そしてイエス様は「私もあなたを罰しない」と言って女の罪を赦された。神は愛なり、イエスは愛なり、イエス様は「私は世の光である」と言われ『私は真理であり道であり、命である」と言われた。正にそうしたイエス様の言葉の結晶をここの出来事に伺うことができる。ヨハネによる福音書ではこうした結晶化したような出来事が色々と描かれていると言ってよい。

ただし、にもかかわらず、そうした理解に達するまでに色々なつまずきの石を注意深くよけて行かないと、こうした理解に到達できないのです。
 
 

12月15日易しい聖書

 投稿者:zebramedaka  投稿日:2013年12月16日(月)15時16分5秒 180-198-200-17.nagoya1.commufa.jp
返信・引用
  12月15日易しい聖書

12月も半ばになってしまいました。寒い一日でした。今日は新約聖書の学び。ヨハネによる福音書。参加者3人。午後1時から。
8章 1~11節『姦通の女』:
  12~20節『イエスは世の光』
  21~30節『私の行く所にあなたたちは来ることができない』

ヨハネよる福音書はとても難しいです。どうしても言葉がすんなりと入ってきません。どうしても、ある種の違和感を感じてしまいます。それがどこに原因があるのかをこれから学びつつ、時間をかけ、祈りをもって、考えて行きたいと思っています。一つは、現代の高等教育=科学偏重、科学的真理の過重視-のせいかとも思います。ヨハネによる福音書の中心的テーマ「始めに言があった、言は神とともにあった。ことばは神であった。、、、万物は言によってなった。言のうちに命があった。命は人間を照らす光であった。光は暗闇の中に輝いている。光は暗闇を理解しなかった。、、、」

今日の箇所も、突き詰めるとこの最初の言葉を具体的な事例の中で語っているのである、と頭では、つまり論理的な展開としては理解出来るのですが、実感とともに理解することが出来ません。

きっと人によっては、それはあなたの信仰が弱いからだ、と言われる事でしょう。祈りが足りないからだ。それは私も否定することが出来ません。しかし、それでもどこかにつまずいている自分がいる事に気がつきます。、、、、、

今暫く、祈りつつ、ヨハネによる福音書を学び続けて行きたいと思っています。いろいろと新しい知識を身につけ、新しい発見もありました。しかし、それぞれを言葉として書き記す場合の中心となる理解がまだ無いような気がして書くことが出来ません。

ただ、8章1~11節の姦通の現場を捕らえられた女性をファリサイ人等がイエス様の前に引き立てて、告発したときのイエス様の対応、直接対応する事無く、地面にただ淡々と何かを書かれていた姿。しつこく答えを求められて、ただ一言「あなたがたの中で、罪のないものがまず石を投げたらよいだろう」とこともなげに言われて、また何事も無かったように地面に何かを書いていた。内村鑑三先生は、その情景は一つの傑出した絵画である、と言われています。イエス様の香り高い人各の発散を感じられます。そうしたイエス様の人格が告発したファリサイ人たちの良心に訴えるものがあり、良心の痛みによって1人去り二人去りして最後はイエス様と、女のみが残った。そしてイエス様は「私もあなたを罰しない」と言って女の罪を赦された。神は愛なり、イエスは愛なり、イエス様は「私は世の光である」と言われ『私は真理であり道であり、命である」と言われた。正にそうしたイエス様の言葉の結晶をここの出来事に伺うことができる。ヨハネによる福音書ではこうした結晶化したような出来事が色々と描かれていると言ってよい。

ただし、にもかかわらず、そうした理解に達するまでに色々なつまずきの石を注意深くよけて行かないと、こうした理解に到達できないのです。
 

12月1日易しい聖書

 投稿者:zebramedaka  投稿日:2013年12月 4日(水)18時24分1秒 softbank220000198065.bbtec.net
返信・引用 編集済
  本日の参加は3人。創世記読了し、出エジプト記に入りました。
創世記50章
 1~14節『ヤコブの埋葬』:ヤコブはエジプトで17年生き、147才で死んだ。聖書によるとヤコブの葬式はエジプトにおいて極めて盛大に行われた。エジプトの重要人物に対して行う処置である防腐処理を40日かけて行いミイラとして死体を残した。これはユダヤの習慣には無い。エジプトの宗教的行事との混淆を示唆しており、後に問題を起こしそうである。70日喪に服しヤコブの遺言を実行するためにヨセフはカナンの地まで埋葬のために旅をするのであるが、ファラオの重臣たちと、エジプトの長老、ヨセフの家族全員、兄弟、そしてヤコブの一族たちがカナンの地に上って行きヘブロンの地のマクペラの畑の洞穴に葬った。
この洞はヨセフの曾祖父にあたるアブラハムがサラを埋葬するためにヘト人エフロンから買い取った土地である。アブラハムとその妻サラ、イサクとその妻リベカ、そしてヤコブとその妻レアの墓として残されることになる。ヤコブがひとすじに愛した妻ラケル(レアの妹でもある)は旅の途中ベニヤミンを生む際の死であって、ヘブロンの値にまで行く余裕が無かったのか、ベツレヘムの近くに葬られた。ラケルの長男であったヨセフはイスラエル一族をエジプトに導く上で大きな役割を果たした。レアはイサクに人間的な意味での愛をヤコブから得る事が出来なかったが、神様が省みて下さり、多くの子供に恵まれ、その4男であるユダ一族からダビデ、ソロモンを輩出し、信仰的にも、国家としても頂点と言える栄光の時代を迎えるに至る架け橋の役割を果たしている。「主は、レアが疎んじられているのを見て彼女の胎を開かれたが、ラケルは開かれなかった」(創世記29章31節)。神の業はこのようにして示される。人間の命のつながりの中で、レアは神様の器として重要な役割を演じている。

15~21節『赦しの再確認』:ヤコブの死後、ヨセフの兄弟たちは再度ヨセフに赦しを乞う。それに対してヨセフは、兄弟たちはヨセフに対して悪を行ったが、神はそれを善に変えた。即ち、その悪事によってヨセフをエジプトに導き、飢饉の折にイスラエル一族を救う太もの器として用いられたのだ。こうしてヨセフは兄たちへの恨みを抱かず、快く兄たちを赦した。

22~26節『ヨセフの死』:ヨセフは110才まで行きそして死んだ。ヨセフは死ぬ前にやはり息子、兄弟たちに自分が死んだらカナンの地に連れ戻して欲しい、と遺言を残したが、実際にカナンの地に運ばれたとの記述はない。ヤコブの盛大な葬儀に比べ、ヨセフに関しては「防腐処置をして棺に納めた」との記述があるのみである。ヨセフの個人的な能力、人格、権力あるいは神による守り、故にエジプトで重きをなされ、父ヤコブの葬儀は盛大であったが、ヨセフが死ぬと、その威光は急速に無くなったのであろう。

これで創世記は読了しました。思い起こすとこれまで創世記の読書会は思い出すだけでも10回近く行ったような気がします。その都度新しい発見があり、新しい学びがあります。今回も多くの学びがありました。
特に天地創造から始まり、アダムとイブの話、カインとアベルの話、バベルの塔、ノアの箱舟、、、口伝に基づく神話的な要素の強い物語の読み方に関しては、人の営みの積み重ねによる発展ー進化と言ってもよいかもしれないーがあり、その中に神の御手が働いている、我々がとうに失ってしまっているかもしれない感性故に神様との交流があり、人の進化の一つ一つに神様の御心が働いている、と見るとこうした神話的な物語の意味がさらに重みを増して来るような気がする。こうした見方を与えてくれたきっかけは、思想研究会においてジャック・モノーの『偶然と必然』を学んで得たものである。


出エジプト記
1章 1~14節『エジプトでのイスラエル人』
  15~21節『男児殺害の命令』
  22~
2章    10節『モーセの生い立ち』

  11~25節『エジプトからの逃亡』
3章 1~22節『モーセの召命』
 

11月17日の易しい聖書

 投稿者:zebramedaka  投稿日:2013年11月18日(月)21時54分16秒 softbank220000198065.bbtec.net
返信・引用
  午後1時より。出席者3名でした。

ヨハネによる福音書7章25節から。
7章25~31節『この人はメシアか』:イエス様が仮庵祭で人々に語り始めると、人々は様々な反応を示した。その一つは『この人はメシアなのだろうか』と言う思い。司祭、ファリサイ人等が殺そうと命を狙っていた事は多くの人が知っていた。ところがイエス様は神殿の広場で公然と大きな声を上げて教えを広められた。それ何に何事も起らないとは、議員達がこの人をメシアだと認めたのだろうかと言う疑問が投げかけられた。メシアはどこから来た人か知らないことになっているのに、この人はガリラヤの辺境の生まれだし、聖書によればダビデの出生の地であるベツレヘムからでるはずだ、、、等々の議論がなされた。そこでファリサイ派の人々はイエス様を捕らえようと下役に命じたりして策をこうじ始めた。

  26~36節『下役達、イエスの逮捕に向かう』:役人達が捕らえに来る事を知ったイエス様はこう言われる。「わたしは暫くはあなた達とともにいる。それから、自分をおつかわしになった方の元に帰る。私の行くところにあなた達は来ることができない。」この言葉を聞いて民衆はまた様々に議論を始める。
  37~39節『生きた水の流れ』:祭りが最も盛大になる終わりの日に、イエス様は大声をあげて皆に呼びかけた。「渇いている人は誰でもわたしのもとに来て飲みなさい。私を信じる人は、聖書にも書いてある通り、その人の内から生きた水が川となって流れ出るようになる。」ここで記者は次のような解説を入れている。【イエスは、ご自分を信じる人々が受けようとしている”霊”について言われたのである。イエスはまだ栄光をを受けておられなかったので、”霊”がまだ下っていなかったからである】。「栄光を受ける」とはイエス様が十字架にかけられ死にそして3日後に甦る一連の出来事を言う。正にイエス様が神様から与えられた人としてとてもつらい使命を果たし、神様からの栄光を受ける、と言うことだろう。この出来事があって、イエス様に躓いた弟子たちも、イエス様から教えを受けた人々も、イエス様が語られた話はその場では理解出来なかったが、イエス様の十字架と復活に触れて初めて、信じる人々に勇気と希望が与えられたのだと思う。そのことを”霊”が下るとの表現で言ったのだろうと思う。ここでの”霊”は神様あるいはイエス様から与えられるものであろう。イエス様の十字架と復活を信じることによって初めて神様からの霊が下されるのだろう。

  40~44節『群衆の間に対立が生じる』:群衆はイエス様について様々に取りざたするようになる。「本当にあの予言者だ」「この人はメシアだ」「メシアがガリラヤから出るはずがない」
  45~52節『ユダヤ人指導者達の不信仰』:ファリサイ派のひとから派遣された下役達はかえってイエス様に感化されて「今まで、あの人用に話した人はいません」と感嘆してしまう。ファリサイ派、議員達は律法に基づいて判断するために、律法を乗り越えようとするイエス様の教えに決して同調する事なく、殺そうとばかり考える。しかしニコデモは、「それならば律法に基づいてむやみに理由もなく捕らえたり殺したりすべきではないでしょう」と主張するが、かえって馬鹿にされて「お前もガリラヤ出身か、ガリラヤからはろくな輩が出ない」といって相手を貶める。

 

明日11月17日の「易しい聖書」あります。

 投稿者:zebramedaka  投稿日:2013年11月16日(土)16時54分58秒 softbank220000198065.bbtec.net
返信・引用 編集済
  共育ちの会「子供の家』にて:千種区日和町1-3-2
              午後1時より
ヨハネによる福音書7章25節から。
7章25~31節『この人はメシアか』
  26~36節『下役達、イエスの逮捕に向かう』
  37~39節『生きた水の流れ』
  40~44節『群衆の間に対立が生じる』
  45~52節『ユダヤ人指導者達の不信仰』

参加を歓迎致します。
 

11月3日(日曜日)本日の易しい聖書

 投稿者:日々の労働  投稿日:2013年11月 3日(日)17時38分47秒 180-199-43-159.nagoya1.commufa.jp
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  本日は午前中は庭で栽培したサツマイモ掘りの日で、午前中子供たち6人、大人8人が集まりました。賑やかに芋掘りをし、昼食はふかし芋となりました。久々に賑やかな日和町でした。

さて本日の易しい聖書です。久々にOKさんから長野から来ていて、参加してくれました。TAさんと私の3人でした。
創世記47~49章。
47章 1-12節:ファラオとの会見
   13-26節:ヨセフの政策
   27-31節:ヤコブの遺言
48章 1-22節:ヤコブ、ヨセフの子らを祝福する
49章 1-28節:ヤコブの祝福
   29-33節:ヤコブの死
 

10月20日易しい聖書(続き)

 投稿者:日々の労働  投稿日:2013年10月28日(月)18時52分40秒 180-199-43-159.nagoya1.commufa.jp
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  ヨハネによる福音書は部分的にはこれまで何度も触れる機会があり、有名な聖句については、この聖句はこう言う前後関係で言われたのか、と思う事が多い。今回初めて認識した記事は7章1~9節『イエスの兄弟達の不信仰』、10~24節『仮庵祭でのイエス』でした。

イエス様に兄弟がいたことについて:マタイ12章46節、ルカ8章19節、マルコ3章31節。母と兄弟がイエスに会いに行った。マタイ13章55節:ヤコブ、ヨセフ、シモン、ユダ、そして妹がいた。
イエス様がガリラヤで伝道活動をされていたときのこと。既にファリサイ人等から命を狙われていたため、エルサレムに行く事を控えていた頃のこと。そうした事情をしらないイエス様の兄弟が、仮庵祭が近づいたので、イエス様の伝道と力ある業を多数の人に見せて示すように、エルサレムに行く事を勧める。これ自身それほど不思議でも違和感もない、兄弟であったら進めてもおかしくないのだが、ヨハネ記者は『兄弟達もイエスを信じていなかった』と記している。イエス様は『私の時はまだ来ていない』と言って断った。

ところが次の段落では、「しかし兄弟達が祭りに上って行った時、イエスご自身、人目を避けて、隠れるようにして上っていかれた。」そして『イエスは神殿の境内に行って、教え始められた」と記している。

はじめ、兄弟達には『まだその時が来ていないから行かない』といい、その直後に『兄弟が上って行ったときに、人目を避けて上って行き、境内で教えを説き始められた』と言う流れとなっている。
一読して感じた事:何だ兄弟達に嘘をついたのか、人目を避けて出かけて行って、そのあと境内で公然と教えを説き、ご自身を現すとは、何と矛盾している!と思う。そこでもう一度考え直してみる。ヨハネ福音書は、光と闇と衝突、闇は光を理解しないで対立した、と言うことに関してはくどい程との都度言及する。しかしそれ以外に事に関しては、かなりはしょって唐突に語る事が多い。こうした視点で考え直すと、次のような推測が成り立つように思う。
 

本日(10月20日)の易しい聖書

 投稿者:zebramedaka  投稿日:2013年10月20日(日)21時35分56秒 180-199-43-159.nagoya1.commufa.jp
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  1時から、参加者二人でした。ヨハネによる福音書6章60節から7章24節まで。
6章60~71節『永遠の命の言葉』
7章 1~ 9節『イエスの兄弟達の不信仰』
  10~24節『仮庵祭でのイエス』

ヨハネによる福音書はとても理解が難しいです。日常私達が常識的にしている会話や話の展開、特に日本人が固有に持っている謙譲の美徳、と言った価値観がどうしても言葉の中に出てきます。人と人との関係を築く時に身分関係(目上、目下)が言葉の構造そのものの中に組み込まれていて、秩序形成の上で重要な役割を演じています。通常私達が何気なく読んだ時に、そうした感覚にそったものである時、違和感なく読めるのだろうと思います。そうした点において、ヨハネによる福音書は至る所で引っかかり、違和感を覚えなかなか本来の意味を受け止める事が難しいみたいです。

冒頭にある、「初めに言葉があった、言葉は神と共にあった、ことばは神であった。、、、、」の部分を深く胸に刻み込み、常にその点に立ち返り、受け入れて初めて読める文書なのでしょう。そのことを受け入れて=信じて、読むととても深い、恩恵に満ちた、イエス様の姿が現れ、同時に人の罪=光に対する闇、の暗さを実感するのでしょう。なかなか難しい。同時に色々と教えられる。
今は理詰めで、一つ一つを追って行って初めて納得させている、といった情況でしょうか。
 

明日10月20日易しい聖書ありますよ!

 投稿者:zebramedaka  投稿日:2013年10月19日(土)20時57分4秒 softbank220000198065.bbtec.net
返信・引用
  第3日曜日、午後1時からです。8月は夏休み、9月は台風のため中止となり、3ヶ月ぶりのヨハネによる福音書となります。6章60節『永遠の命の言葉』からです。担当はTNさんです。

『命を与えるのは霊である。肉は何の役にも立たない。私があなたがたに話した言葉は霊であり、命である』

皆さんの参加を歓迎致します。
 

「ヨセフ物語」を読んで

 投稿者:依田欣哉  投稿日:2013年10月11日(金)14時11分11秒 FL1-27-127-77-67.aic.mesh.ad.jp
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  10月6日に『ヨセフ物語』を通読して、物語として妙にまとまっており、これまでのアブラハム、イサク、ヤコブの話とは異なる印象を受けた。ユダヤ民族が、約束の地であるカナンを離れてエジプトに移住することになる立役者なのだから、ユダヤ民族の運命を決めた重要人物である。

移住後300年後におこる、モーゼ率いるユダヤ民族の大移動=出エジプト、の先駆けでもある。出エジプト時代の苦闘の中で、モーゼは神との契約の印として、律法を授かる、これが「十戒」と呼ばれる、ユダヤ民族にとどまらず、全世界における法律の原型をなした重要な戒律である。そして「出エジプト」と呼ばれるユダヤ民族の大移動が歴史的におこったことは疑いもない事実である。ユダヤ民族に取ってもっとも重要な出来事でもあり、ユダヤ教の原点と言っても良いだろう。

ヨセフは、そうした出来事の出発点を与えた人でもある。よそ者であるユダヤ人が、奴隷としてエジプトの高官に売られ、大いに苦労するが、最終的にはヨセフは、エジプト高官並びにファラオの信頼を得て、エジプトの最高指導者の地位を与えられる。このため、飢饉の折にヤコブ一族がエジプトに移住することになる。ヤコブ一族が70人余と書かれているから、奴隷等をあわせると数百人の集団になるのだろう。エジプトに取っては取るに足りない人数ではある。

アブラハム、イサク、ヤコブに関しても、果たしてこの名の特定個人が存在したのだろうか、という疑問も投げかけ得る。しかし、彼らは個人を超えて、後の一族の長でもある。こうした名前の特定個人が一人だけである必要は無いかもしれない。口伝で言い伝えられてきた伝承であり、必然的に分かりやすく簡略化されているだろうし、また複数の出来事が一個人の営み=信仰的な歩み、として描かれていてもそれほど事情は変わらないだろう。

ところがヨセフに関しては、ユダヤ民族内を超えて、エジプトでの立身出世談でもある。特定個人でなければならないだろう。そうなるとヨセフ物語は、純粋なフィクションか、細部までは同じではないとしても、エジプトの宰相まで上り詰めたユダヤ人が果たして存在したことがあるのかは、結構重要な問題である。エジプト国のファラオの信任暑く、すべての政治権力を一時的にでも手にしたのならば、何らかの形でエジプトの歴史に残っていても良いのではないか、と思い、インターネットで多少調べてみた。少なくともインターネットでは見つけられなかった。エンターネットに書き込まれている内容は、「ヨセフ物語」がいかに物語りとして優れているか、という話のみであった。つまり、聖書以外ヨセフの話は一切存在しないのだろう。エジプトの資料にも一切顔をだしていないに違いない。

ヨセフが亡くなった後、エジプトはユダヤ民族の勤勉さと、人口増加に多いに警戒感を抱き、ユダヤ民族を奴隷として差別迫害するに至る。この事情を考えると、エジプトに取ってかってユダヤ人がエジプトの高官として実権を持っていた事実はかなり都合の悪いことであるから、一切の資料をある段階で廃棄して、歴史から抹殺しようとしたことは考えられる。むしろ当然の成り行きと考えるべきか知れない。

それにしても、もう少し、ヨセフ物語の内情が知りたい。ある資料によると、『ヨセフ物語』はソロモンの時代に作られたものだそうだ。ヨセフはポティファルの妻に誘惑されても断固として拒否をした、という道徳的に正しい姿勢をわざわざ書いたのは、当時エジプトの女性を多数めとっていたソロモンを暗に批判をしている、という説もあった。しかし、よく考えてみると、たとえソロモンだって、彼がヨセフの立場で、ポティファルの妻に誘惑されてもそれに乗ることは無かっただろう。それは主人であるポティファルへの大きな裏切りになる訳で、神を信じる立場からはポティファルに知られなければ無いことにすることはあり得ないのだから。
 

10月6日(日曜日)易しく聖書を学ぶかい

 投稿者:zebramedaka  投稿日:2013年10月 6日(日)21時40分16秒 180-199-43-159.nagoya1.commufa.jp
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  本日は創世記を学びました。参加者は二人。
 これまでに学んだ『ヤコブの結婚』の話辺りから、それぞれの話題が極めて物語風になり、耳で聞いてとてもよくわかりやすい構成がとってある。話はとても単純化してあり解りやすい。子供に対して寝物語として語っても充分理解出来る内容である。物語として語り継がれた内容なのであろう。

『ヤコブ長子の特権を奪う』『ヤコブの逃亡』『神との出会い-神の祝福』『ヤコブの結婚』『レアとラケルの出産競争』『ラバンとの駆け引き』『ヤコブの帰還』『再び神との出会い、名をイスラエルと呼ぶ』『エサウとの再会』『ヤコブ一族の繁栄、エサウ一族の移転』

 これらのヤコブを中心とした物語を通してヤコブのなみなみならぬ傑出した人物像がさりげなく描き出される。ヤコブはアブラハムの神、イサクの神を引き継ぐ正当な人として、神からの祝福を受ける。そして、出エジプト記で神がモーセに「アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神」とご自身を現す。
 逃亡後叔父のラバンの家で20年間働く。その間レア、ラケル姉妹の二人と結婚し、レアとラケルのヤコブの奪い合い、という確執を抱えつつ、ヤコブはひたすらラケルに対する愛情を持ち続け、レアに対しては夫としての義務を果たすに留まった。「神はレアが疎んじられるのを憐れみ、子供を授けた」と聖書は記している。ヤコブがレアと結婚したのは、叔父ラバンの策略により騙されたのであって、ヤコブはラケルに一目惚れしひたすラケルを愛した。しかし、ヤコブはレアに対しても夫としての分は果たし、レアは多数の子供に恵まれた(男子6人、女子1人、側女の子2人)。最終的にはラケルにも二人の子ヨセフとベニヤミンが与えられた。側女の子二人。男子は合計12人で後の12部族の基礎となる。

 そして12人の兄弟に大きな確執が起る。その根底は、ヤコブのヨセフに対するラケルの子であるが故の寵愛にある。兄達は、ヤコブの偏愛と同時にヨセフの生意気な態度に怒りを覚え、兄弟が野に出た時に、ヨセフを亡き者にしようと計画し、捕らえて水のない井戸の中に投げ込む。そうしてどうしようかと相談するうちに、ヨセフは他の隊商に発見され、結局はエジプトに売られてしまう。こうして、ヨセフはエジプトで暮らすようになる。聖書によればヨセフは聡明で、常に神様が守られたので主人ポティファルの信任を得て要職を与えられる。
 ところが、ポティファルの妻に誘惑されて寝床を共にするように強要されるが、ヨセフは拒絶し、逆に襲われたと弾劾され、牢に入れられてしまう。ヨセフには夢の意味を正しく解く事の出来る力を神から与えられていた。

41章 1~36節『ファラオの夢を解く』:ヨセフは牢から出されて、ファラオの夢解きを依頼され、正しく解き明す。即ちこれから7年間大豊作の年が続き、その後7年間の対飢饉の年に襲われる。それ故7年間の豊作のうちに出来る限り、食物を蓄える事を進言する。

37~57節『ヨセフの支配』:ファラオはこの夢解きを信頼し、ヨセフにファラオの持つ権限すべてを委任した。それほどヨセフは信頼されたと言う事なのだろう。エジプト人が他民族の居留の人間に過ぎない者に国を動かすすべての権限を与えたと言う事は驚くべき事である。それほどヨセフは聡明であり、信頼に足る人間であると思われたのだろう。これを聖書では一言『神が守られた』と記される。

42章 1~38節『兄達、エジプトに下る』:飢饉はヤコブ一族が住むカナンの地にも及び、食物が無くなるに至り、エジプトに行けば食糧があると聞き、ヤコブの子供たちが揃ってエジプトに向かった。但し、ヤコブはヨセフ亡き後、たった一人残るラケルの子供ベニヤミン(ラケルは出産の時に死んだ)を手放す事を拒んだため、ベニヤミンのみカナンの地に残した。そしてヨセフと謁見をした。ヨセフはすぐに兄弟であることがわかったが、兄達は気がつかなかった。ヨセフは、自分の命をもねらい、エジプトに売られる原因となった兄達に合い、嬉しさ半分,恨み半分といった所だったのだろう。ベニヤミンが同行されていない事を指摘し、エジプトの手薄な所を探るスパイであるに違いないと弾劾し、違うと言うならば末の息子も連れて来るように支持し、二男のシメオンを人質に残した上、食糧を持たせて帰らせる。

43章 1~34節『再びエジプトへ』:兄達はヨセフの指示の通りにベニヤミンを同行して再びエジプトに行こうとしたが、老齢のヤコブは半ば駄々をこねるように、ベニヤミンに万一のことがあれば自分は生きてゆけないといって、ベニヤミンを手放そうとしなかった。そして時が経ち、再び食糧が底をつき始めたとき、4男のユダがヤコブと談判をし、ヤコブを納得させ、エジプトに再び行く。

44章 1~17節『銀の杯』:ベニヤミンと再会したヨセフは感極まって涙を流す。そして、兄達を試すために策略を巡らせて、ベニヤミンの荷物の中に銀の杯を入れておく。食糧を充分量もって帰途についた時に、『銀の杯』が無いと追いかけて行き、ベニヤミンの荷から銀の杯を発見する。そして、ベニヤミンのみエジプトに残し、他の兄弟を返そうとする。

18~34節『ユダの嘆願』:その時にユダがヨセフの前に進み出て、ベニヤミンは父ヤコブの生き甲斐であり、私が必ず連れ帰ると約束をして連れて来たのだから、私をエジプトに残して、ベニヤミンは返してくださいいと、心からの嘆願をする。

45章 1~28節『ヨセフ、見を明かす』:これを聞いて、ヨセフは我慢しきれなくなり、思わず鳴いてしまって、自分がヨセフである事を明かし、兄弟の和解を果たす。この部分は極めて劇的な描写となっている。これら一連の話は、いかにも「ヨセフ物語」と言うにふさわしい、物語の展開である。歴史的にどこまで実証されているのかに関してはわからない。一度調べてみるか違いありそうだ。

46章 1~27節『ヤコブのエジプト下り』:こうしてヤコブ一族はすべてを引き連れてエジプトの地に移住する事になった。即ち、後のユダや民族の人々は、カナンの地を一時的に出はあるけれど(とは言っても300年ものながきにわたることになる)捨ててエジプトに移住することになる。ヤコブの家族総勢70名とある。それぞれが奴隷や使用人などを抱えているであろうから、彼らを加えるとその10倍は下らないだろう。

この時に神の言葉がイサクに下る。「私は神、あなたの父の神である。エジプトに下る事を恐れてはならない。わたしはあなたをそこで大いなる国民にする。私があなたと共にエジプトに下り、わたしがあなたを必ず連れ戻す。寄せるがあなたのまぶたを閉じてくれるであろう。」300年後、モーセ率いるイスラエル人がエジプトの地を脱出し民族の大移動(出エジプト記)となる。あるいはこの神の言葉が、後々までも言い繋がれて来たのかもしれない。

28~34節『ゴシェンでの再会』:一行はゴシェン(エジプトの中心よりもカナンの地に近い側、現在スエズ運河のある地中海側の場所である)に到着したとき、ヤコブの判断で、ヨセフをゴシェンまで連れて来るようにユダを一足先にヨセフの元へやった。ヨセフは急ぎヤコブに合いにゴシェンに出向く。一国の宰相が、弱小のユダヤ人に合いにわざわざ出向くとは異例の事と言ってよいであろう。ヤコブは彼なりにエジプトを警戒していたの違いない。ヨセフは、ヤコブ一族にファラオと謁見した時に、自分たちは羊飼いを仕事とする一族である事を明言するように進める。エジプト人は羊飼いを厭うものであるので、ヤコブ一族をエジプトから離れたゴシェンの地に住まわせるだろうと考えたからである。実際、ヨセフが生きている間は、イスラエル一族はゴシェンに住む事を認められたが、ヨセフの死後は、イスラエル人が強大になって行く事を警戒し始め、介入され、奴隷化されて行くことになる。
 

Re: 9月8日聖書集会にて報告をしました 続き

 投稿者:zebramedaka  投稿日:2013年 9月13日(金)22時01分0秒 180-198-178-182.nagoya1.commufa.jp
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  > No.15[元記事へ]

9月8日私の報告終了後、の意見交換の中で、「21章におけるイエス様の預言的言辞は、事後預言に属するとする聖書学者の意見もある」との発言があった。マルコによる福音書の成立時期はAD40~70年とかなり幅があり、時期を確定する証拠は無い。AD70年は第一次ユダヤ戦争(68~74年)でエルサレム神殿が破壊された年であり、この時代はローマ帝国の属国であるユダヤはローマに対して根深い反感を持ち、争いが絶えない情況であったろう。他方イスラエルを支配する側に立つファリサイ派、律法学者達は律法の本来の目的を忘れ、いたづらに自分たちの正当性を主張し、民衆の苦しみを省みず自己保身に走る、堕落硬直化した情況であった。そうした情況をイエス様が厳しく批判された。

終末の徴:そこで彼らが(マルコではペトロ、ヤコブ、ヨハネ、アンデレと具体的な名前が挙がっている。マタイでは弟子たちが)「神殿の崩壊はいつ起こり、そしてそのときはどんな予兆があるのですか』と訪ねた。イエス様の答え:
   *1. 惑わされないように気をつけなさい。
   *2. わたしの名を名乗るものが大勢現れ、「私こそそれだ」(マタイでは「私こそメシアだ」)「戦争が近づいた」といって煽動する。
   *3. 戦争や暴動が起こる。
   *4. こうして世の乱れから様々なことが起こるがおびえる事なく静かにしていなさい。こうしたことは必ず起る事だが、世の終わりはすぐには来ない。
   *5. そして更に混乱は進行し、「民と民が争い、国と国が争う。大きな地震、飢饉、疫病など恐ろしい現象や著しいしるしが天に現れる。
ここまでは、世の中の乱れに自然災害が加わると言う、旧約聖書においても描かれており、特にイエス様の言葉として、特別な脚色が施されているとは思われない。問題はこの先。

   *6. 世の乱れがそこまで行く前に、あなたがた自身に迫害が及ぶ。わたしの名のために王や総督の前に引き出される。
ここの部分はいささか不思議な思いがする。極めて説明的であり、イエス様がご自身の身に迫害が及ぼうとしている時に、「あなたがた(弟子たちか?)がわたしの名のために王や総督の前に引き出される」と言われるだろうか。これまではイエス様ご自身の見に関する予告が3度にわたってあった。イエス様ご自身のこれから起ろうとしている事柄を、弟子たちに置き換えて、当時のクリスチャン迫害に対しての予告と、その心得をイエス様の口を借りて忠告していると見る事も可能かもしれない。

   *7. それはあなたがたにとって証をする機会を与えられることになる。
   *8. 前もって何を弁明しようかと悩まないと決意しなさい。そのときの言葉と知恵とを私があなたがたに授ける。
   *9. あなたがたは親、兄弟、親族、友人にまでも裏切られ、時には殺される。わたしの名のためにすべての人に憎まれる。

   *しかし、あなたがたの髪の毛一本も決してなくならない。忍耐によってあなたがたはいのちをかちとりなさい。

この部分はなにやら檄文的な要素がある。イエス様の言葉を借りて、当時のクリスチャン達に対する励ましの言葉、現状に対してとるべき態度を示しているように見える。この件に関しては後にさらに考えたい。

エルサレムの滅亡を予告する:

人の子が来る:

「いちじくの木」のたとえ:

眼を覚ましていなさい:
>
 

9月8日聖書集会にて報告をしました

 投稿者:日々の労働  投稿日:2013年 9月 9日(月)21時57分49秒 180-198-178-182.nagoya1.commufa.jp
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  正式な報告は、名古屋聖書集会の掲示板に掲載します。ここでは、感想を含めた少しくだけた話を、、、裏話も含めて、、、。
ルカによる福音書21章でした。

やもめの献金:21章はエルサレム神殿での一連の出来事:祭司長・律法学者たちとの問答、イエス様の律法学者への厳しい批判、を経て彼らとの論争が一段落し(20章)た後、一瞬の静寂の中、ある貧しいやもめが献金をした(100~200円)。当時、エルサレム神殿への参拝での献金は、信仰の程度を示すときであった。金持ちは、大金を誇らしげに賽銭箱に大きな音を立てていれる。このやもめの場合は、人知れずこっそりと入れた事だろう。イエス様はそれを見て「このやもめが誰よりも沢山献金をした」といって賞賛する。それはやもめが持つ全財産であったから。

神殿の崩壊を予告する:ある人たちが(マルコでは弟子の一人が)エルサレム神殿をみてなんて立派な神殿なのでしょうと感嘆した(地方から東京に出て来たものが、東京の大きなビル群、様々な建造物に感嘆するのと同じだろう)。それに対してイエス様は、「あなたがたは神殿の立派さを感嘆しているけれども、この積み重ねられた石が、一つも重なっていない時が来る」と言われた。つまり、エルサレム神殿だって、破壊されしつくされる時が来る、と言われた。実際エルサレム神殿は、第一次ユダヤ戦争においてローマ軍によって破壊されてしまい今は残っていない。わずかに一部の神殿並記が残っているのみ(これが現在「嘆きの壁」と呼ばれている)。

終末の徴:そこで彼らが(マルコではペトロ、ヤコブ、ヨハネ、アンデレと具体的な名前が挙がっている。マタイでは弟子たちが)「神殿の崩壊はいつ起こり、そしてそのときはどんな予兆があるのですか』と訪ねた。イエス様の答え:
   *惑わされないように気をつけなさい。
   *わたしの名を名乗るものが大勢現れ、「私こそそれだ」(マタイでは「私こそメシアだ」)「戦争が近づいた」といって煽動する。
   *戦争や暴動が起こる。
   *こうして世の乱れから様々なことが起こるがおびえる事なく静かにしていなさい。こうしたことは必ず起る事だが、世の終わりはすぐには来ない。
   *そして更に混乱は進行し、「民と民が争い、国と国が争う。大きな地震、飢饉、疫病など恐ろしい現象や著しいしるしが天に現れる。

   *世の乱れがそこまで行く前に、あなたがた自身に迫害が及ぶ。わたしの名のために王や総督の前に引き出される。
   *それはあなたがたにとって証をする機会を与えられることになる。
   *前もって何を弁明しようかと悩まないと決意しなさい。そのときの言葉と知恵とを私があなたがたに授ける。
   *あなたがたは親、兄弟、親族、友人にまでも裏切られ、時には殺される。わたしの名のためにすべての人に憎まれる。

   *しかし、あなたがたの髪の毛一本も決してなくならない。忍耐によってあなたがたはいのちをかちとりなさい。

この部分はなにやら檄文的な要素がある。イエス様の言葉を借りて、当時のクリスチャン達に対する励ましの言葉、現状に対してとるべき態度を示しているように見える。この件に関しては後にさらに考えたい。

エルサレムの滅亡を予告する:

人の子が来る:

「いちじくの木」のたとえ:

眼を覚ましていなさい:
 

9月15日易しい聖書行います

 投稿者:日々の労働  投稿日:2013年 9月 9日(月)16時02分53秒 180-198-178-182.nagoya1.commufa.jp
返信・引用
  午後1時から始めます。ヨハネによる福音書6章60節「永遠のいのちの言葉』からです。

イエス様の「肉を食らい、血を飲む」とても激しい表現があり、それによって多くの民衆と弟子たちもついていけず離反したとの記録が書いてあります。共観福音書では『最後の晩餐』の折に、イエス様がパンを手に取り水に浸し「これは私の肉である」、葡萄酒をとり『これは私の血』と言われて、訣別の時を記念して弟子たちと食事を共にした、と言う記述があります。教会で行われる『聖餐式』のいわれであります。こうして見ると、聖餐式は、イエス様との訣別、イエス様の血と肉=イエス様が負われた十字架刑、に思いを馳せる時を持つと言う点でとても重要なことのように思いました。

開かれた聖書の集まりです、興味のある方の参加を歓迎致します。場所は名古屋市千種区日和町1-3-2共育ちの会「子供の家」です。
 

9月1日(日曜)易しい聖書再開、創世記

 投稿者:zebramedaka  投稿日:2013年 9月 6日(金)21時36分47秒 180-198-178-182.nagoya1.commufa.jp
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  本日の参加は2人。
創世記38章~40章
38章:ユダとタマル
39章:ヨセフとポティファルの妻
40章:夢を解くヨセフ
 

明日、易しい聖書再開です。

 投稿者:zebramedaka  投稿日:2013年 8月31日(土)06時55分39秒 180-198-178-182.nagoya1.commufa.jp
返信・引用
  9月1日、午後1時から。創世記38章「ユダとタマル」からです。ユダはイサクのレアによる息子、タマルはユダの長子エルの妻です。エルは若くして亡くなります。当時の風習(レビラート婚)にしたがって次男のオナンがタマルを娶ります。しかし、オナンはたとえタマルに子を造ってもそれは長子エルの子として考えられる事が不満で、タマルと関係を結んでも常に子種を地に流したと聖書にあります。聖書によればこれは罪であるためにオナンは死んだと書かれています。ユダには3男のシェラがいますが、ユダは三たび子供が死ぬ事をおそれて、タマルを娶らせる事をしなかった。

このままでは、タマルはエルの妻ではあるものの、1人子孫を残さず死ぬしかない事を思い、ある策略を考え、ユダの子を得ます。それがペレツとゼラと名付けられました。聖書によれば、ペレツはダビデの家系にあたる人で、新約聖書の系図で登場しています。

これらのことをどう受け止めるか、学びつつ共に考えていきたいと思います。皆さんの参加を歓迎致します。
場所は子供の家(千種区日和町1-3-2)、午後1時からです。
 

8月の「易しい聖書」は夏休みといたします

 投稿者:zebramedaka  投稿日:2013年 7月22日(月)09時23分2秒 180-199-245-142.nagoya1.commufa.jp
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  昨年に引き続き、今年も8月は夏休みに致します。
次回は9月1日になります。第一日曜日は旧約聖書の輪読です。
 

7月21日易しい聖書

 投稿者:zebramedaka  投稿日:2013年 7月22日(月)09時15分47秒 180-199-245-142.nagoya1.commufa.jp
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  参加者は3人でした。午後1時から3時まで。
ヨハネによる福音書6章22節から。
『イエスは命のパン』:前回5000人の民衆に対して食糧を与える、と言う物語に続けて、イエス様ご自身が命のパン、それも尽きる事の無い永遠の命のパンである事を示される。なかなか一口では語る事の出来ない、信仰の根幹に関わる内容を含んでいるように思いいます。理詰めで理解する事は困難です。霊的な問題として受け止める事が大切なのでしょう。TNさんの報告を受けた後に、3人で色々と疑問や意見を出し合いました。理解を深め、更なる疑問を掘り起こしたような感じでした。恵まれた時間であったと思います。

『永遠の命の言葉』:時間切れで、こちらまでは入れませんでした。次回に行います。イエス様の「肉を食らい、血を飲む」とても激しい表現があり、それによって多くの民衆と弟子たちもついていけず離反したとの記録が書いてあります。共観福音書では『最後の晩餐』の折に、イエス様がパンを手に取り水に浸し「これは私の肉である」、葡萄酒をとり『これは私の血』と言われて、訣別の時を記念して弟子たちと食事を共にした、と言う記述があります。教会で行われる『聖餐式』のいわれであります。こうして見ると、聖餐式は、イエス様との訣別、イエス様の血と肉=イエス様が負われた十字架刑、に思いを馳せる時を持つと言う点でとても重要なことのように思いました。
 

7月12日メダカの学校:読書会で創世記17ー19章

 投稿者:zebramedaka  投稿日:2013年 7月13日(土)20時38分23秒 180-199-245-142.nagoya1.commufa.jp
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  > 3時から4時まで:創世記の読書会。
> 第17章から19章まで
17章:契約と割礼:神様から祝福の言葉と同時に、以後民族の父としてアブラハムと名乗るように、また妻サライはサラと名乗るように、そして神との契約のしるしとして、すべての男子に割礼を施すように言われる。ユダヤ教、イスラム教世界においては今日に於いても男子に割礼が施されるが、その第一の拠り所である。以後何回か割礼の話は出てくる。その意味はよくわかりません。日本には割礼の風習はないですからね。砂漠の民、熱帯地方に多く見られる風習の様です。

現代のアメリカでは宗教的理由ではなく衛生上の理由からの『割礼』としてではなく、単なる『包茎手術』として、手術を受けるケースが増加しているそうです。

キリスト教においては、キリスト教成立の時代に、パウロが割礼不要を強く主張し、エルサレム会議に於いて、割礼を不要とする事を決定した。以後キリスト教は世界宗教として広く伝播する基礎を築いた。
調べた所、ギリシア正教の一部では、割礼の儀式を残しているキリスト教もあるらしい。

18章:イサク誕生の予告:この時既にアブラハムとサラの奴隷であるハガルとの間にイシュマエルと言う息子がいた。アブラハムはイシュマエルを長子として重んじていたのであろう。彼自身イシュマエルが神との約束の繁栄をもたらす息子と思っていた様だ。しかし、神はイシュマエルではなくサラとの間に子が生まれる、彼をイサクと名付けなさい、との預言が下される。実際アブラハムは自分自身高齢であり、サラは既に月経もとまっているので生まれるはずが無いとの思いを含めて『密かに笑った』『イサク』とは『彼は笑う』と言う意味だそうだ。
アブラハムが神の祝福の言葉に対して『どうかイシュマエルがみ前に生きながらえますように』という。今まで見落としていた重要なポイントは、『イシュマエルではなくサラ自身の胎から新たに生まれる』、と言う事と同時にイシュマエルの子孫に対する祝福の言葉があった事だろう。『彼は12人の主張の父となるであろう』つまり12部族までに繁栄する事を預言されている。イスラム教では、イシュマエルがアラブ民族の祖であり、長子であるが故にアブラハムからの正当な子孫であるとしている。

19章:ソドムの滅亡:第19章は別の話になります。ロトの消息を語っています。かなり悲惨な末路と感じます。ロトはアブラハムと別れるにあたって、東側の豊そうな低地を選び、アブラハムは西側の山地を選んだ(第13章)。これがそもそもの事の始まりです。アブラハムはこの世の快適さに関しては淡白であった。神はその生活上の態度を良しとしたのだろう。その直後に神様からの祝福の言葉をいただく。
 ロトは文化生活を臨んだのであろう。彼自身の生活は、アブラハムの信仰する神を同じく信じ、慎ましい生活をし、旅人に対しても極めて親切に接していた。しかし、究極的な所で、ソドムの町の片隅に住み、文化的、物質的豊かさに対する未練を断ち切れなかったのだろう。
 神様は、ソドムとゴモラの町の住民達の不信仰な生き方に対して憤り、彼らを滅ぼす決意をする。
 アブラハムは、神の使いであった旅人から、神様の方針を聴き、『もし50人の正しい人が生活していたとしたらそれらの人々までも巻き込む事は、神様の正義に反しませんか?』といって神様と正義に関しての議論を吹きかける。旅人は「50人正しい人がいたらやめる」、もし30人いたら、20人いたと言って値切り最後は10人正しい人が居れば滅ぼす事はやめる、とまで交渉によって言わせる。しかし、結果的にはソドムの町は滅ぼされる。10人の正しい人もいなかったと言う事だ。

      ロトの娘達:ロトとロトの妻、娘二人に関しては、アブラハムの親族故をもって、神の計画が知らされ、直ちに逃げるように。ロトの妻は逃げる途上、ソドムに残して来た財産や、生活に対する未練か、振り返ってぐずぐずするうちに逃げ遅れて、塩の柱となってしまった。残された、ロトと二人の娘は、ツォアルと言う町に逃げ延びるが、他の人達と接触する事を恐れて、山に逃げ込み全く孤立した3人だけの生活に入ったのだろう。二人の娘は、子孫を残さなければならないとの使命感からか、結局ロトに葡萄酒を飲ませて酔わせ、ロトによってそれぞれ子供を得た、と聖書には書いてあります。その二人の子が、それぞれモアブ人、アンモン人の祖先であると記されています。
現代の価値観で判断してはいけないのでしょうが、この時二人の娘はあるいはロトは何ゆえアブラハム一族がそれほど遠くない地にいたのでしょうから、そこに助けを求めなかったのだろうか、と言う疑問が残ります。
 

金曜日にも聖書を読んでいます

 投稿者:zebramedaka  投稿日:2013年 7月13日(土)20時35分45秒 180-199-245-142.nagoya1.commufa.jp
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  子供の家(千種区日和町)、金曜日には「メダカの学校」と称して様々の学びの場を設定しています。はじめは主たる対象者として、不登校・引きこもりの仲間達を念頭においていました。現在でもそれは変わりませんが、ただ、それぞれご本人が自分から何かを求め、実践する(学ぶ)場年、またその手助けをすることを考えています。必ずしもうまく機能している訳ではありませんが、少数ながら、今年で3年目になります。
 5月24日から一人の参加者の希望により、旧約聖書をはじめから通読する事を始めました。創世記から初めていますので、易しい聖書の第一日曜日の学びと重複するところがあります。金曜日は基本的に毎週開いていますから、そのうち易しい聖書を追い抜くことになるかと思います。

 一緒に学んだ際に、色々と思った事などを、メダカ通信( http://8223.teacup.com/medaka/bbs? )書いています。参考にその文章を適宜、こちらにも転載しようと思っています。多少混乱することになるかもしれませんが、今後整理をする事も考えていこうと思います。

 
 

7月7日易しい聖書:本日は創世記36章、37章

 投稿者:zebramedaka  投稿日:2013年 7月 8日(月)09時29分42秒 180-198-178-182.nagoya1.commufa.jp
返信・引用 編集済
  とても暑い一日でした。そろそろ梅雨が明けた様です。庭では瓢箪の花が咲き始めています。雌花も咲いて、瓢箪が出来つつあります。瓢箪と夕顔は近縁らしく、花は夕方6時頃咲きます。真っ白ななよなよとした、ものの哀れを感じさせる花です。源氏物語に出てくる夕顔でしょう。昼顔、朝顔と近縁種である夜顔も夕顔を呼ばれる場合もある様ですが、別種のものです。

さて、本日の易しい聖書、参加者は3人でした。長野県からOKさんが参加してくれて、予想外のことにびっくりでした。同時に力づけられました。
本日は第一日曜ですので、旧約聖書の日です。創世記36、37章を学びました。

36章 エサウの子孫、セイルの子孫、エドムの王国:アブラハムの長子(母親はサラの側女ハガル)イシュマエルは傍系として約束の地カナンには住まず、ベエル・シェバの荒れ野に住み、後に南下してアラビア半島に至り、アラブ民族の祖先と見られている。イスラム教ではむしろイシュマエルがアブラハムの長男として重んじられている。旧約聖書においては、アブラハム、イサク、ヤコブの神の契約の民から外れる傍系として、記録から姿を消す。同様にして36章においては、ヤコブの兄エサウの系図が記録されている。ヤコブとエサウは和解し、暫くはカナンの地に同居していたらしいが、それぞれが発展し資材と人工が増えるに至って、別れることになり、ここでサウルがカナンの地を去り、南下してセイルの産地に住むようになる。サウルは後にエドムと改名し、その土地をエドムと呼ぶ。現在シリア、ヨルダン、サウジアラビア北部のいずれかの地域になるのだろう。これらの人々に関してはむしろイスラム教の経典であるコーランに登場しているのかもしれない。

ユダヤ教、イスラム教、キリスト教はいずれもモーセ五書を教典としており、一神教を信じており、ある意味同じ神を信奉していると見ることができるだろう。神と人との関わりに於いて、別れていったと見ることができる。生物の進化と似たようなところがある。いづれにせよ彼らは、以後聖書の主役の舞台から退場することになる。いや、イスラエルの民と基本的には共存し、ある時は敵対する民としてしばしば登場している。

37章ヨセフの夢:ヨセフはアブラハムの11番目の息子。最愛の妻であるラケルの息子である事から、ヤコブは特にヨセフに目をかけ、ラケル故の愛を注いだ。それは他の息子達にとって赦し難いはえこひいきであり、とても不満を抱いていたのであろう。ラケルのもう一人の息子はベニヤミンでヨセフがエジプトに売られてしまい、ヤコブは獣に食われて死んだと聴かされて、その後はベニヤミンのみによって慰めを得た、と記してある。ヤコブは信仰に於いては神に熱心であり神の祝福を得た人であるが、人間的には極めて欠陥の多い人であった。これを欠陥と言ってよいのかは解らない。つまり極めて情の深い人(好き嫌いが強い)であり、計算高い人(計画性に富み、時に計略に溺れる人、言葉を変えればずる賢い人)であった。そのことが、ヨセフがエジプトに売られることになる底流をなしている。

加えてヨセフは賢い人であったのだろう。夢で兄弟達が皆、加えてヤコブまでも将来ヨセフにひれ伏す夢を見た、と父と兄弟達に告げる。さすがに父ヤコブはそんな事を言うものではないとたしなめるが、兄弟達は怒り心頭に達し、ヨセフを憎むようになる。聖書には、ヤコブはヨセフの夢を心に留めた、と記している。

ヨセフ、エジプトに売られる:兄達がシケムで羊を飼っている時、ヨセフは父の要請により、兄達に会いにいく。兄達はこの際だからヨセフを殺してしまおうと相談するが、長兄のルベンは「殺す事はまずい、捕らえて穴に放り込んでおこう」と提案し、ヨセフを穴に投げ込み放置する。ユダが「近くにいるイシュマエル人の隊商に売ってしまおう」と提案。ところが聖書では、その前にミディアン人の証人達がヨセフを見つけて穴から連れ出し、イシュマエル人に銀20枚で売った、と記されている。兄達が穴に戻ってみるとヨセフがいない事に驚いた。ルベンは自分の衣を引き裂いて悲しみを表現した。父には「野獣にかみ殺されてしまった」と伝えた。ヤコブは悲しみにくれた。ヤコブは息子や娘達の慰めを拒んだ。それほどにヨセフを愛していた。
ヨセフはエジプトに売られて、ファラオの宮廷の役人で侍従長であるポティファルの奴隷となった。
イシュマエル:アブラハムのハガルによる長男
ミディアン、メダン:アブラハムはサラの死後ケトラと再婚した(創世記25章)ミディアンは4男、メダンは3男にあたる。
 

五千人のパン、そして湖の上を歩く

 投稿者:zebramedaka  投稿日:2013年 6月20日(木)22時23分15秒 softbank220000198065.bbtec.net
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  イエス様が生存中に示された力ある業(奇跡物語)はいくつかの類型に分けられるだろう。
1.最も多いものは、癒しの業である。病人を癒す業は非常に多く示されている。イエス様ご自身がバプティスマのヨハネの獄中からの質問「私が待つべき救い主はあなたなのでしょうか、それとも他の人をまつべきでしょうか」にたいして「盲人は目を開かれ、足萎えは歩き、病人は癒されている。私に躓かない者は幸いである」と言われている。盲人、足萎え、精神障碍者、病に伏す子供、等々。これが最も多い。極めて個人的な、人格的交流の中でイエス様が示される業であり、現在の医療行為に近いものとして理解しやすい事柄である。しかし、ヨハネによる福音書ではラザロの復活が描かれている。これは死者の復活。死後何日も経過して、既に腐乱が始まっているラザロを生き返らせる。

2.今回学んだ五千人の民衆にあまねくパンを与える。こうした類いの奇跡は、一度(あるいは二度)しか記されていない。特別の場合のみであった。この奇跡物語はどのように受け止めたら良いのだろうか。後述する。

3.自然に対して奇跡の業を働きかける。自然をも従える、と福音書記者は描いている。風を叱りつけて、暴風を収める。湖の上を歩く。もう一つ、イチジクの木に実がなっていないのを見て、呪うような形で、その木を枯らしてしまう。

3番目に関しては、自然科学を長年学んで来た者にとってどう考えるか難しく、理解出来ないままでいる。イエス様ご自身「からし種程の信仰を持っていれば、山を動かすことだって出来る」と言っている。マホメットの話にこう言うのがある。彼が「信仰の力で山だって動かすことができる」と言って実際に祈ったが山自身は動くことは無かった。それではと言うことでマホメットは自ら山の方に歩いていった。これはコロンブスの卵のような話ではあるが、山と自分自身の位置関係のみを問題とするならば、これで山は動いたことと同義となる。発想の転換というか、信仰の熱心がもたらす発展的展開と言っても良いのだろう。我々は奇跡というと、ある個人の力とか能力の問題に帰してしまうことが多いが、祈りによって起る奇跡の業の目的が何であったのかをもっと問題にすべきなのだと思う。

内村鑑三先生は奇跡について「私は天然の法則性に従わない、また信仰的必然性の無い奇跡は信じない」と言っています。私も奇跡の理解に関しては内村先生の考え方に則って考えようと思っています。

そこで、五千人の民衆に食物を与えた、ことの意味は何だったのか、どのような点において奇跡であったのかを考えてみたい。
マルコによる福音書6章30~44節から考えたい。マルコではイエス様と弟子たちは疲れたので休むために人里離れた場所に退避した所、それを見つけた民衆はイエス様を慕ってその教えを知りたいと、ぞろぞろとついていった。イエス様は「飼い主のいない羊のような有様を深く憐れみ、色々と教え始めた」そうするうちに時が過ぎ夕暮れ時になったのだろうか、人里離れた場所で食糧も手に入らない。弟子たちは解散させようとしたが、イエス様は何とかしてこれらの民衆に食糧を与えたいと思われた。調べてみると手元にあるパンは五つ、魚が二匹。弟子たちに命じて、「50人、あるいは100人をひとまとめにして坐らせて、それぞれにパンと魚を割いて天を仰いで賛美の祈りを唱え皆に分配した」

色々な解釈があり得る。最も素朴な解釈としては:裂いたパンと魚が、ほんのわずかの量から、イエス様の賛美の祈りによって増えた。ただ、イエス様が荒野での第一の誘惑:空腹時に、「周りに転がっている石ころをパンに変えたらどうか」との誘惑に対して「ひとはパンのみのよって生きるのではなく、神から出る言葉の一つ一つによって生きる」と言って退けたことを思うと、単純に奇跡の業によって手品のようにパンと魚をひねり出したとは考えにくい。というより考えたくない。余りに安直すぎるだろう。

少なくともマルコ記者は細かい説明を省いて、イエス様の賛美の祈りと、すべての民衆が食べて満足したことを因果関係として述べている。イエス様の迷える羊達に対する憐れみの心、食糧を与えたいと思う気持ち、そして賛美の祈り、それらが民衆の腹を満たす原因となった。原因と結果の間をつなげる合理的な解釈は色々出来るだろう。この物語の根底には出エジプト記にある神様がイスラエル民族の食糧危機の折に天からマナを降らせて救われた、との出来後をと意識していることは間違いない。

それでは、ごくわずかのパンと魚を分かち合って皆が心理的に満足したのだろうか。これも、5000人と言う数(無論これはつかみの数であって正確には何人であったかは定かではない。解説書によればこれは明らかに誇張がある、と言っているがあるいはそうかもしれない。しかし100人ではないだろう。あまり重要な問題ではない。この理解によれば、5000人の群衆が催眠術にあって、満腹したかの錯覚に陥った、と言うことになりあまりとりたい解釈ではない。内向的すぎるだろう。

ヨハネによる福音書によれば、子供が大麦のパン五つと魚二匹を持っていた、とある。恐らくその子が(親の了解のもとに)イエス様にそのパンと魚を提供したのだろう。それを受けてイエス様は感謝と賛美の祈りをして、周りの人たちと分かち合って食べた。それを、周囲の人たちが見て、同じようにグループを作り(あるいは弟子たちが指導したのかもしれない)それぞれのグループで食糧を持っている人たちが提供しあい、分かち合って食べた。そしてその動きが瞬く間に周囲に広がって5000人の人たちが、体の糧と同時に分かち合うことの喜び、心の糧をも同時にいただき満足した。こう考えると、最後にパン屑を集めると12籠にいっぱいになった、とある所はどのように理解したら良いのだろうか。

これだったら奇跡ではないじゃないか、との意見もあるだろうが、飼い主のいない羊達を哀れに思い食糧を与えたいと思って、行ったイエス様の祈りが、民衆の心を開かせて、食糧を分かち合うと言うことをごく自然に出来た、そのように5000人の人々の心を一つにした、そのこと自身が最大の奇跡の業と言えるのではないだろうか。ただ、これはイエス様の存在があっての片時の出来事であり、人々の欲望、利己心、神様に背を向ける罪、が消えた訳ではない。ヨハネによる福音書ではむしろそちらの影の部分を強調している。
 

6月16日 易しく聖書を学ぶ会 5千人に食べ物を与える

 投稿者:日々の労働  投稿日:2013年 6月17日(月)23時03分53秒 softbank220000198065.bbtec.net
返信・引用 編集済
  本日は4名で集会を持ちました。本日はTNさんが報告を担当して下さいました。
久しぶり(半年ぶり)にOKさんが長野から駆けつけてくれました。良い集まりでした。

ヨハネによる福音書 第6章1~15節:5千人に食べ物を与える。
 5千人の群衆に食べ物を与える話は、マタイ、マルコ、ルカいづれの福音書にも出て来る。この話はイエス様がなされた数々の力ある業(=奇跡物語)の一つとして記されているが、5000人という多数の群衆に対して残らず食べ物を与えるという一つの社会現象として受け止められる点において特筆すべきであろう。まさに5000人もの証人の前でなされた力ある業なのである。
 ルカ(9章10~17節)ではこの出来事以来、恐らくイエス様の評判は広く行き渡り、ファリサイ派、律法学者達が警戒心を抱き始める。それまでの香り高い伝道の道から、にわかに十字架に至る道を歩み始める一つの分岐点になる出来事であった。

 この話は、出エジプト:荒野での放浪時代、食糧難と言う民族的危機に出会い、民衆達が、エジプトから逃げた事を後悔し、もう帰ろうといい、またモーゼを非難する声が出始めた時、神様は天からマナを降らせ、食糧難と言う危機を救われた、との話がある(出エジプト16章)。このマナの話は民族的な出来事であり、神がイスラエル民族を省みていざと言う時には救って下さる、との信念を与えるものであったのだろう。

 申命記8章:「あなたの神、主が導かれたこの40年の荒れ野の旅を思い起こしなさい。こうして主はあなたを苦しめて試し、あなたの心にあること、すなわちご自分の戒めを守るかどうかを知ろうとされた。主はあなたを苦しめ、飢えさせ、あなたの先祖も味わったことの無いマナを食べさせられた。人はパンだけで生きるのではなく、人は主の口から出るすべての言葉によって生きることをあなたに知らせるためであった。」

 イエス様は伝道生活を開始されるにあたって、一度荒野に出かけて40日40夜断食をされた。これはイスラエル民族が体験した40年の荒野での放浪生活を彷彿とさせる。空腹を覚えられた時に、誘惑するものが来た。「神の子ならばこの石を命じてパンにしたら良いだろう」そのときイエス様は上の申命記の言葉を引用された。「ひとはパンだけで生きるものではない。神の口から出る一つ一つの言葉で生きる。」こうして第一の悪魔の誘惑は撃退された。(マタイ4章)

 「5千人のパン」事件は民衆の多くに、こうした出エジプト時代のマナの出来事を思い起こさせたのであろう。それ故、一方ではイエス様を政治的な指導者(ダビデ的な栄光の力ある救い主)として祭り上げようとする動きが出始め、同時ファリサイ派、律法学者等はイエス様を警戒し初め、殺そうとする動きが出始める。

 奇跡物語は、イエス様が神の子として力ある業を示されたものと素直に受け止め、あれこれ詮索する必要も無いのだけれど、自分なりの理解を述べてみたいと思う。出エジプト時代のマナに関しては、民族的な出来事であり、奇跡的な出来事には違いないのだけれども、歴史的事実として、色々な合理的な解釈が試みられている。即ち、砂漠地帯における自然現象のなせる業として理解しようとしている。虫の出す体液であるとか、夜露に何かがとけ込んだものであるとか、鳥が運んで来たものであるとか。何らかの自然現象が媒介となって、当時の民族的危機が救われたと言う点においては奇跡であること自体には何ら変わりはない。

 マルコによる福音書(6章30節)によれば、
「イエス様が主導して弟子たちを使い、群衆を50人、100人ずつまとまって坐らせて、五つのパンと二匹の魚をとり、天を仰いで賛美の祈りを唱えてパンを裂いて、弟子たちに渡して配らせ、二匹の魚も皆に分配された。」

 この光景はとても絵画的であり、儀式的でもある。イエス様の御心としては、イスラエルの民が出エジプトの時代に体験した、苦難の時代における神様の恩恵を想起して賛美の祈りを唱えたのかもしれない。非常に調和が保たれており、平穏で、恩恵に満ちている。この短い一時に、5000人の大群衆は、イエス様の祈りとともに心を一つにすることが出来たのであろう。つかの間の至福の出来事ではあるけれどの、その一瞬を到来させたこと自身が最も大きな奇跡であったのではなかろうか。

 イエス様の天を仰いでの賛美の祈りの間に、結果として食糧は群衆の前に極めて秩序正しく備えられ皆が心行くまで食べて満足し、更に食糧は12の籠に一杯になるほどに余った。5000人の群衆はこの至福の出来事を体験し、5000人の証人によって世間に広く語り継がれたのだろう。力ある予言者として受け止めるもの、ダビデ的な栄光の国民的救世主、などと受け止める人々を輩出したのだろうが、イエス様の真の姿を理解、信仰した人ははたしてどれだけいたのだろうか。

 少なくともヨハネによる福音書では、民衆の無理解を際立てる形で描写しているように思える。

16~22節:湖の上を歩く。
 

6月2日易しい聖書

 投稿者:日々の労働  投稿日:2013年 6月 5日(水)21時57分46秒 180-199-4-237.nagoya1.commufa.jp
返信・引用 編集済
  本日は二人でした。創世記第32章2節~35章

エサウとの再会の準備: ラバンから逃げるようにして父親イサクのいるカナンへと旅立つ。イサクはエサウの怒りが収まっているか不安でならない。怒りがそのままであれば、エサウと再会した時に彼によって殺されるかもしれない。しかし、ヤコブももう一族を率いる立場になり、また11人の息子も抱える立場に立つようになった。出発の時にイサクからいつか戻るようにと言われ、神様からも再三にわたって、ヤコブ、イサクへの祝福をヤコブに与えるとの祝福の言葉をもらっている。彼はその言葉を信じて、カナンの地に戻る事を決意したのであろう。

ベヌエルでの格闘: しかし、それでも疑い深い、ことごとく綿密に計画をたてなければ止まない、心配性のヤコブにとって、神様からの祝福と同時に与えられた使命、他方ヤコブ自身の人間的性格から来る猜疑心、限り無ない心配。エサウとの再会を直前にした夜、彼は考えに考え、心配に心配を重ねて、夜安らかに眠ることができず、うなされていたのだろう。そうした時にベヌエルのヤボクの渡しで何ものかに会い格闘を延々と続ける。それはあたかも夢の中でヤコブがうなされて、自分自身のあらゆる心配と相対し、克服するために悩み苦しんでいる様を見ているかの様である。

その人は結局ヤコブに勝てないと感じ、ヤコブの股のを打ち関節をはずした。「もう去らせてくれ」「いやです、祝福して下さるまで離しません」、、、このものは神の使いであって、あらためてヤコブを認め、今後イスラエルと名乗るようにと祝福を与える。

イスラエル民族の基礎がここにあるのでしょう。人間的には決して好きになれないヤコブですが、神様からの目はヤコブと言う人間像全体を見ておられる。人間的には多くの欠陥と罪を抱えているヤコブとその子孫を祝福されたのはどの点においてであるかとても考えさせられるところがあります。

エサウとの再会

シケムでの出来事

再びベテルへ
 

2012年4月1日開始の弁

 投稿者:日々の労働  投稿日:2013年 6月 4日(火)20時51分48秒 180-199-4-237.nagoya1.commufa.jp
返信・引用
  『易しく聖書を学ぶ会』です。

第一第三日曜日の午後1時から3時までの集いです。
文字通り、一見、難しそうな聖書を私達の身近な書物として読みくだいて行こうとするものです。

*この集まりの最大の目的は、それぞれの参加者が、自分の目で直接聖書を読み、自分の心で考える事を中心に据える事です。

*勿論、聖書と言えども、人の手を借りて、言語として書かれていますので、言葉を理解すると言う作業が必須となります。また、新約聖書は2000年も前に書かれた書物ですし、旧約聖書になると、神話の時代(口伝)から、文字が作られて以来の書物ですので、そうした歴史的な背景を理解する必要が出ます。こうした点に関する解説は、必要最低限行います。

*私達は、聖書を通して自分たち自身が生きる上で参考になる事、実践的に学ぶ事(心の糧とすること)を目指したいと思っています。

*『易しく聖書を学ぶ』とはそのように少しでも自分自身の糧となるように、わかるまで読み砕こうと言う事です。

*勿論わからない所も一杯出ると思いますが、わからない点は、深追いする事はせず、いずれわかる時が来る事を待つ姿勢で心に留めておくことにしたいと思っています。

*生きる力を得る一つの拠り所としたい。生きる上での悩みを解決する上での一つの手がかりとしたい。心の平安を得たい。そうした希望に少しでも応える事の出来る場としたいと願っています。

*現在の、若者の世代では、”信仰”とか”祈り”とかいう言葉に対して、ある種のうさん臭さを覚え、すぐに新興宗教=ご利益宗教、金儲けのための詐欺まがいのこと、洗脳、を連想するケースが多いように思います。他方その裏返しとして、”科学”とか”科学的”と言う言葉に対してはとても弱い。それに対しては、無条件で信じてしまうとか、ある種の”劣等感”を抱いて接してしまう事が多いのではないでしょうか。

*それは明治以来の日本の教育が、科学とか技術とかをあまりに偏重してを教えているからだと思います。また、軍国主義の時代においては国民を戦時のための一致団結の手段として強引な精神教育を行い、その痛烈なツケが敗戦後の教育に現れ、ますます精神教育と言うものから背を向ける形になった。

*本来の意味における宗教、とは一人一人の生き方の問題であり、生きる上での価値観=拠り所の問題であり、自分自身が何者であるかを知る問題であると思います。また別の言い方をすると、個々人の良心の問題であると言うことも出来ます。

*見方によっては日本人はとても宗教的な民族だと思います。正月には国民の大多数、自分は無宗教ですと公言している人々も、行かないと何となく気持ちが悪いから、と言う理由で神社仏閣にお参りをし、参拝をします。ある意味ではイスラム教におけるメッカ巡礼のように、こぞっで神社へのお参りをする訳です。それは単なる民族の風習に過ぎないので、別に信仰心の現れでもないと言う意見もあるでしょう。別の見方をすれば、一人一人がそれを個人の意志、生き方の問題として意識する必要もない程に、無条件に当たり前のこととして、定着していると言うことも出来ます。最大の理由は、日本人としての一体感を持つことができる、皆がお参りをする仲間に入る事で安心出来る。それから外れると何か疎外された感じがして不安である。ということかもしれません。

*いま、若者を中心として起りつつある、現象。明日食べて行くと言う生活には特に困ってはいないが、どうしても自分の存在感が持てない、自信が持てない、不安である、という何か良くわからないけれどもそこはかとした不安を感じる。こう言った不安は、出発点における、どうしたら生き抜くことができるのか、と言う事を突きつけられつつ、正面に向き合いつつ生き、訓練されつつ日々成長する、と言った経験が少ないためなのでしょう。戦後成し遂げた高度成長、豊かな物質にかこまれての快適な生活。こうしたものを前提として行きて来た事への付けと見ることも出来ます。ただ、かく言う私自身それほど切羽詰まった中で生き抜いて来ている訳ではないのでそれほど偉そうに言う事も出来ないのですけれどもね。こう言った問題意識を持って共に学んで行きたいと願っているのです。

*いま、出来る限り多くの人が、出来る限り若い時に自覚し、新しい生き方を目指す事が必要なのではないかと切実に思います。

*その時に必要とされることは、それぞれの人の自覚と、力量に応じた形での訓練であり、試練に耐える力であろうと思うのです。また、人は日々成長することができる、求め努力をすれば成長することができる、と言う希望を持ち続ける事だと思います。

*心ある方々の参加を歓迎致します。4月1日午後1時からです。        依田欣哉
 

新たに開設しました

 投稿者:日々の労働  投稿日:2013年 6月 4日(火)20時43分50秒 180-199-4-237.nagoya1.commufa.jp
返信・引用
  これまで名古屋聖書集会掲示板( http://8719.teacup.com/nagoyaseisho/bbs )を借りてお知らせしていましたが、このたび別個に易しい聖書掲示板を開設することにしました。

「易しい聖書」は聖書を一人一人の人が自分の目で読み、自分の心と生活に於いて理解する事を努めます。
まず、集会において読み合わせをし、時に調べて来た人が話題提供をし、感想を述べあい、疑問を出して皆で考えます。正解を求めることはせず、わからない時はわからないこととして、心の片隅にとっておいて、いつかわかる日が来る時を待ちます。神様がそのようにして下さることを信じて、、、、

聖書に関する感想、疑問、意見などをお寄せ下さい。

第一、第三日曜日の午後一時から、子供の家(名古屋市千種区日和町1-3-2)で集会を行っています。
聖書に興味のある方、直接聖書に触れその意味を知りたいと思っている方、人生をまじめに考えていかに生きるべきかを思い悩んでいる方々の参加を歓迎致します。
 

掲示板が完成しましたキラキラ

 投稿者:teacup.運営  投稿日:2013年 6月 4日(火)20時31分3秒 180-199-4-237.nagoya1.commufa.jp
返信・引用
  ご利用ありがとうございます。

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