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信長の装甲艦ですが,司馬とか井沢のバカは,艦砲の歴史やシステムを知りません。艦砲に火薬が入るのは,19世紀ころからです。それまでは,火薬がなくって鉛の塊でした。一番悪いのは,パイレーツオブカリビアンなんて海賊映画とか,帆船時代の欧米の映画なんですよ。あれは全部ウソです。砲弾に火薬入ってませんので,爆発はしません。大体,大砲にライフルを切ったのは,イギリスのアームストロング砲辺りで,戊辰戦争位です。それまで,大砲にライフルなんかありません。それで,真っすぐに飛ばない。50m以下に接近しないと,命中しません。現在の艦砲は,船の動揺を補正するための,スタビライザーつまり安定装置を持ってますが,この時代はありません。それで,ますます命中率が悪くなる。
日清戦争と同時期位にあった,米西戦争で,アメリカ海軍は,ハバナのサンチャゴ要塞に,むけて10万発の艦砲を打ちましたが,命中したのはわずか3発でした。そこで,当時,アメリカにいた秋山真之が,艦砲で陸上砲撃をしてはいけない。と言うレポートを,データーとともに,日本海軍軍令部に送ったほどですから。つまり,まだ艦砲に安定装置がなかったのと,射撃指揮装置がなかったのと,飛行機がなかったので,有効的な着弾観測が出来なかったからです。艦砲射撃が,揚陸作戦に対し有効になるのは,飛行機が一般化してきた,第2次大戦からです。
それで,艦砲に火薬が入ったのは,蒸気機関が出来たからです。帆柱は,鉛の塊でも物理的エネルギーで倒して,相手の行動妨げられますが,蒸気機関は,船の下にありますから,鉛の塊の砲弾では倒せません。それで,砲弾に火薬が入りました。火薬が入るから,爆発します。それで,蒸気機関壊されたら軍艦は動けなくなりますから,装甲を張って蒸気機関を守るようになりました。つまり,帆船にどれだけ装甲しても同じなのですよ。帆柱倒されたら,それで終わりですから。もっとも,信長の黒船が蒸気機関で動いていたと言うなら別ですけど。もっとも,司馬とか井沢とかWK氏は言いそうだなー。(笑)
軍艦から,外輪が割合早期に無くなって,スクリューになったのも,外輪は推進効率が悪いと言うこともありますが,砲弾が一発でも命中したら,外輪が破壊されて,動けなくなるからです。反対に,商船は戦争が前提でないですから,外輪の方が川とか浅い海なんかに,スクリュー船より入っていけます。アメリカの外輪船が息が長いのは,このためです。
なので,信長が装甲艦を作ったとしたら,極めつけのバカ。尾張の大ウツケです。装甲するくらいだったら,それで大砲を多く乗っけた方が数段よろしい。つまり,当時の軍艦には,装甲は無駄どころか,反対に邪魔なんですよ。
>当時、日本じゃない北海道か沖縄だったは爆笑モノですが!
邪馬台国,沖縄説はありますよ。北海道説はあるか知りませんが,東北説はあります。でも,それくらいで驚いていたら,未熟者と言われますよ。なにしろ,エジプト説まであるのですからね。そのうち,火星説や太陽説,冥王星説何て出てくるかもしれません。(爆)
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