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「軽地に止まらない」
という鉄則があって、今川軍はこれを破ったため敗戦したわけですね。
軽地というのは敵地に入って間もない場所のことです。
逆を言うと、本来なら自領での戦いは禁物でありますが、
少数で大軍を迎え撃つケースでは自分の国に引っ張りこみ、
ただし致命傷にならない地域で相手を足止めせい、ちゅうことです。
武田信玄は対徳川家康戦で、まさにその「軽地」をすみやかに移動しました。
そのため家康は三方ヶ原まで出て行くハメになった次第。
ちなみに軽地の対語は文字通り重地ですが、ここは補給が困難ゆえ、
後方との連携や補給ラインを確保することが大切になってきます。
重地で大敗したケースというと、三国志ですが、
・天下分け目の官渡の戦い
・超有名な赤壁の戦い
・劉備が孫権に敗れた夷陵の戦い
でしょうか。諸葛亮がくたばった五丈原もまさに重地。
後方支援が困難な地にわざわざ出て行き長く滞在していた孔明は、
とてもぢゃないが名軍師とは言わん。猪突猛進の荒武者だ。
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