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Toshy(雪狼)さん

 投稿者:太田守人  投稿日:2009年11月 7日(土)23時09分52秒
  >・超有名な赤壁の戦い

超有名ですけど,あったんですか?本当に。演義にはありますが,正史の三国志には,曹操は赤壁までは行ったようですけど,風土病(多分マラリア?)で兵を引いたとあります。
私は,赤壁はなかったと思いますよ。戦争する以前に,曹操軍は風土病で撤兵せざるを得なくなったのでは?
赤壁の場所は,定説がありません。それもこれも,戦争がなかったからだと思いますよ。
 

ひとこと

 投稿者:Toshy(雪狼)  投稿日:2009年11月 7日(土)21時45分42秒
  「稲葉の大馬鹿野郎」  

輔住(トータス砲) さん

 投稿者:太田守人  投稿日:2009年11月 6日(金)23時27分27秒
編集済
  >なんか、「作戦」というより「実験」のような…、ひどい将軍ですね。

オランダのアーエンと言う橋です。ここを突破出来ると,ドイツの大工業地帯ルールを占領できる。そうなると,1944年のクリスマスは,連合軍兵士はお家で迎えられるはずでしたが,大多数は,あの世で迎えました。
アーエン橋を確保していた,空挺部隊は15,000名のうち,ドイツ軍に包囲されて,生きて帰れたのが2,000名ですからね。
しかも,一本道ですから,破壊された戦車なんかがゴロゴロしてますから,連合軍の補給のトラックの大渋滞。しかも,一本棒で連合軍のトラックが動いてますから,ドイツ軍の砲兵部隊や戦車部隊にすれば,温泉場の射的の的見たいものです。そんで,トラックがバンバン破壊される。補給を空輸しましたが,空輸は味方の進軍のスピードは関係なしで,決まった地点にしか落としません。それで,大苦戦していた連合軍には,空輸物資が届かず,殆どがドイツ軍陣地に落ちちゃった。ドイツ軍は,ネスカフェのインスタントコーヒーとコンデンスミルクをありがたく頂戴したそうで,ここで戦っていて,戦後復員したドイツ兵は,インスタントコーヒーとコンデンスミルクは,生涯で一番うまかったと言ってます。
しかも,後詰の兵隊さんも白昼落下傘降下ですから,これも射的場の的です。それで,連合軍は大敗北しました。
モントゴメリーはエルアラメンで,ドイツの名将ロンメルに勝利して,エジプトを守りきった将軍ですから,救国の英雄ですけど,なんと言うか自信過剰で,結構敵が多かったそうです。しかし,戦争屋チャーチルには可愛がられていましたので,チャーチルのごり押しもあったのです。
アメリカの名将パットンは,モントゴメリーとは仲が悪く,連合軍最高司令官のアイゼンハワーも,パットンの案を最初取ろうとしましたが,チャーチルがルーズベルトに話をつけたものですから,パットン案は不採用になりました。パットンと言う人も危ない人間で,ドイツが降参後,ソ連に予防戦争を仕掛けようとして,ソ連軍を挑発して,先に手を出させて,ソ連をやっつけようとした人物で,トルーマンに解任され,アメリカに帰る前に,趣味の狩猟に出かけた時に,交通事故で死ぬのですけど,最後の言葉が「軍人の死にざまでないな。」だったそうです。
アイゼンハワーは,アメリカにとっては英雄ですが,この人も名将だったかは?マークです。ノルマディー上陸後,ドイツの指揮官が砂漠のキツネと言われた名将ロンメルだったこともあると思いますが,膨大な物量を有しながら,ノルマンディー半島から出るのに1カ月以上係ってます。
ロンメルは,ヒトラー暗殺計画に連座して,自殺に追い込まれるのですけど,連合軍にとっては,ロンメルの死は大変ありがたかったようです。
日本海軍に田中頼三という少将がいたのですけど,この人はアメリカ海軍から大変恐れられて,終戦後,アメリカ海軍が最初に聞いたのは「アドミラル・タナカはどうなったんだ?」だそうです。この人は,ガダルカナルの輸送を駆逐艦だけでやらせたら損害が多くなる。戦闘機の護衛をつけろ。と海軍上層部に意見具申して,首になったのですけど,ドイツはロンメル,日本は田中を戦争から外したと言うことからも,戦争に負けるのは当たり前です。
パットンは,アメリカでは貴族と言われる階層で,ウェストポイントの陸軍士官学校も首席で卒業したくせに,粗野で戦争神経症の兵隊に活を入れるために,蹴っ飛ばしたのを写真に撮られ,その写真が新聞に載り,後方で謹慎させられた結果,アンツィオ上陸作戦と言うアメリカが苦戦した上陸作戦なるのですけど,この時はパットンがいなかった,大苦戦したと言う人もいます。その後,パットンは復活して,特にバルジの戦いでは,イタリアだったかから,フランスのアルデンヌまで3日間で到着して,ドイツ軍を蹴散らしました。
アメリカの場合,戦争中は少々問題あっても強ければ,最前線で使いました。もっとも,マッカーサー(こいつは名将かどうかは疑問で,私は愚将だけど,じいちゃんが南北戦争で大活躍した将軍,とーちゃんも米西戦争で大活躍した将軍だったので,首を切れなかったのだと思いますけど。)やパットンなんて問題児は,終戦後,全部首にされていますが。
 

Toshy(雪狼)さん

 投稿者:太田守人  投稿日:2009年11月 6日(金)23時07分22秒
  >偉大なるモンゴメリ様の悪口を言うなー。

お,お代官様。さ,削除だけは,お許しくでせー。(笑)
 

レス

 投稿者:GUILTY  投稿日:2009年11月 6日(金)22時15分11秒
  >マーケットガーデン作戦

あぁ、「♪サル ゴリラ チンパンジ〜」で有名なあの作戦かぁ(←ここで突っ込み)


…と思ったけど、誰も突っ込んでくれなさそうなので、自分で突っ込んでおこう。
それは「遠すぎた橋」ではなくて「戦場にかける橋」じゃ!
 

モンゴメリー

 投稿者:Toshy(雪狼)  投稿日:2009年11月 6日(金)15時50分25秒
  偉大なるモンゴメリ様の悪口を言うなー。
あの超大作「赤毛のアン」の作者だぞ。

えっ人違い?!
 

うわー!

 投稿者:輔住(トータス砲)  投稿日:2009年11月 6日(金)15時42分30秒
  〉補給は空輸と一本道だけ

なんか、「作戦」というより「実験」のような…、ひどい将軍ですね。
 

Toshy(雪狼)さん

 投稿者:太田守人  投稿日:2009年11月 6日(金)12時40分2秒
  >後方支援が困難な地にわざわざ出て行き長く滞在していた孔明は、
とてもぢゃないが名軍師とは言わん。猪突猛進の荒武者だ。

と第2次大戦中のイギリス陸軍の将軍モンゴメリーもですよ。マーケットガーデン作戦なんて,敵地に数十キロ乗り込んで,補給は空輸と一本道だけですから,うまくいくはずが無い。イギリスでは,モンゴメリーは救国の英雄ですけど,私に言わせれば,単に自尊心だけ強いバカですよ。孔明もそう思いますけど。
モンゴメリーは,ご存知ありませんよね?ご存知でも,削除だけはしないでくださいませ。お代官様。(笑)
 

菊池さん

 投稿者:太田守人  投稿日:2009年11月 5日(木)20時37分27秒
編集済
  太平洋戦争のミッドウェー海戦と桶狭間は同じだと思います。ミッドウェー海戦の場合,空母ホーネットを飛び立ったB25爆撃機が,東京を初空襲しました。そこで,山本五十六は,アメリカ空母を沈める目的で,ミッドウェーに出撃しました。ところが,山本にすれば,真珠湾を取ってしまいたい。そうすれば,アメリカはすぐ降参すると思った。降参しないまでも,講和しようと言いだすと思った。山本は,アメリカの駐在武官を何回もやってますので,日本がアメリカと戦争したら負けると思っていましたから,それで,ハワイ攻略の前進基地としてミッドウェーを占領しようとしました。それに,アメリカの空母が出てこないと大変ですから,アリューシャンのアッツ,キスカも占領しようとしました。これだけ,やられるとアメリカはたまらず,艦隊を出してくると踏んだわけです。
このことから,空母艦隊司令長官の南雲中将は,主目標が分からなくなりました。アメリカ空母を沈めるのか,ミッドウェー島を占領するか迷ったわけです。
日本は,一木陸軍大佐指揮のミッドウェー攻略部隊も伴っていました。山本にすれば,第一はアメリカ空母を全滅させることでしたが,攻略部隊を伴ってますので,ミッドウェー占領することだと前線部隊指揮官は勘違いしました。要は,二兎を追ったのが,日本艦隊です。これに対し,アメリカはミッドウェーを取られたら困りますから,ミッドウェー防御以外に目的はありません。
桶狭間もそうでないですかね?義元自身は,信長を叩き潰すという目的でしたが,家来たちは,信長をおびき出すために,処方を攻撃してますので,目的が分からなくなったのではないでしょうか?信長にすれば,義元を叩き潰す以外存続できませんので,信長の目的は,アメリカと同じに明確です。
菊池さん,アラスカ・ハイウェーを御存知ですか?この道は,アッツ,キスカを日本に占領されましたので,アメリカはアラスカ経由で日本軍が,アメリカ本土に攻めてくると思いました。それで,戦車等を早くアラスカに運べるようにしたのが,アラスカ・ハイウェイです。日本軍は,アラスカ経由でアメリカ本土攻撃と言う意志は持っていませんでした。日本軍も,アメリカがアリューシャンから千島,北海道経由で日本本土を攻撃すると思ったので,アッツ,キスカを占領しました。勿論,アメリカには北海道から,日本本土を攻めようなんて意思さらさらありませんでしたがね,これが戦争です。
 

孫子の兵法の1つに

 投稿者:Toshy(雪狼)  投稿日:2009年11月 5日(木)17時18分13秒
  「軽地に止まらない」
という鉄則があって、今川軍はこれを破ったため敗戦したわけですね。
軽地というのは敵地に入って間もない場所のことです。
逆を言うと、本来なら自領での戦いは禁物でありますが、
少数で大軍を迎え撃つケースでは自分の国に引っ張りこみ、
ただし致命傷にならない地域で相手を足止めせい、ちゅうことです。

武田信玄は対徳川家康戦で、まさにその「軽地」をすみやかに移動しました。
そのため家康は三方ヶ原まで出て行くハメになった次第。

ちなみに軽地の対語は文字通り重地ですが、ここは補給が困難ゆえ、
後方との連携や補給ラインを確保することが大切になってきます。
重地で大敗したケースというと、三国志ですが、

・天下分け目の官渡の戦い
・超有名な赤壁の戦い
・劉備が孫権に敗れた夷陵の戦い

でしょうか。諸葛亮がくたばった五丈原もまさに重地。
後方支援が困難な地にわざわざ出て行き長く滞在していた孔明は、
とてもぢゃないが名軍師とは言わん。猪突猛進の荒武者だ。
 

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