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モンペ

 投稿者:かっちゃまん  投稿日:2012年 5月16日(水)22時40分46秒
返信・引用
  こんにちは。

「モンペ」なら私の職場にもいますよ'_';

私の職場は「ペアレント」ではなく、患者なので「ペイシェント」ですが・・・´Д`

でも、自分達の場合 「ミス」さえしなければ 相手をしてあげる方が面白いです。

それだけで「特別扱い」されている気分になるらしいです´Д`

日々、大人になりきれない「子供のため」に張り切ってます汗

「他人に厳しく 自分に甘く・・・」何でもかんでも「言ってみるもんだ」ですって。

変な世の中になってしまいましたね'_';





 

モンペ

 投稿者:きくちゃん  投稿日:2012年 5月 9日(水)20時02分39秒
返信・引用
  私はまだ出会ったことがありませんが、中には大変な人もいるようです。
大事なのはこじれる前にちゃんと対応しておくこと、できる事できない事
をはっきり伝えておくことが大事…と研修会などでも言われます。

すごく大変な状況というのは初期対応が悪くて問題がこじれた場合に起きる
ことが多いようです。

ただ…私が若い頃の保護者とは随分変わったように思います。私が若い頃
の保護者は、「大人が大人だった」ように思います。自分の気持ちの処理
ができていたように思います。

いろいろありますが、子どもはかわいいですよ。
 

『こどもの日』に思う

 投稿者:風来坊  投稿日:2012年 5月 5日(土)05時25分59秒
返信・引用 編集済
   稼動していた一基の原発が、今日5日に止まる。定期点検に入る日がたまたま「こどもの日」になった。
巡り合わせでそうなったのだが、こどもの日というのが意味深長な気がしないでもない。

 最近は子どもの為という言葉がやたらと使われる。
消費税は子や孫にツケを回さない為。被災地の瓦礫でもめるのは子供達の健康に不安があるから。
根拠のある「子のため」もどこか疑わしいのもある。

 最近若い母親の間で「モンペ」なる言葉が流行っているという。
学校や周囲に無理難題を持ちかける怪物のような親、「モンスターペアレント」の略。
縮めてしまうと批判や非難のニュアンスが薄れる。「私もモンペよ」と言ってはばからない怪物まで出現。
【きくちゃん】先生もこれら「モンペ」に泣かされているのでは?。
モンペと云えば、戦前戦中戦後の日本のご婦人方が着物を仕立て直したズボンを作り穿いていた。
もう70年~60年前の昔話だ。

 自分のわがままを通そうとする親でも、決めぜりふは「子どもの為」である。
「モンペ」は希少種だろうが、子どもを口実やだしに使う大人たちの振る舞いは決して珍しくない。
子の為、地球の為、平和の為、美しい言葉は時に都合よく使われる。
「こどもの日」は子をだしに使う大人達が「反省する日」かもしれない。
 

いよいよ4月

 投稿者:かっちゃまん  投稿日:2012年 4月 3日(火)00時40分55秒
返信・引用
  皆様、お久しぶりです土下座

いよいよ4月に入りましたね桜

今年は桜和の卒園・入学等で忙しい毎日を送っております汗

まだまだ寒い日もありますが、そんな中 田舎の自然は暦どおりに、菜の花の
黄色が鮮やかになり 鶯の鳴き方が上手になり 田んぼからは蛙の鳴き声が
ちらほら 木蓮や雪柳も開花し・・・

桜の咲く前から春を感じることが出来るのです桜

気の早い農家では、既に田んぼに水を引き いつでも田植えが出来るよう
準備されています´Д`

そんな事とは無縁の都会で生まれ育った人にまで 田舎の自然は「季節」
や「旬」というものを教えてくれるんですね。

これから、また旬の新鮮で美味い物も出回る季節になります^▽^

秋口まで安価な贅沢を楽しみたいと思いますレストラン
 

明日から4月

 投稿者:風来坊  投稿日:2012年 3月31日(土)21時38分33秒
返信・引用
   いよいよ3月も終る。明日から4月、学校や職場など新しい年度に切り替わり、心機一転と云った気分の人も居るでしょう。それにしても、旧年度は未曾有の大震災に原発事故が絡み、政治の貧困を露呈して日本にとっては苦渋の1年だった。

 人事・世相を離れて、自然の移ろいからみた3月を振り返ってみると、月初めから10日までは、自家測定で最低気温が8度から16度の幅でわりに暖かい日が多かった。

 ところが10日を過ぎると途端に、最低気温が2度3度と真冬並の寒さになった。それが月末近くまで続いた。「今年の3月はいつまでも寒いね」と言うのが出会う人との朝の挨拶になっていた。

 この3月は本当に昨年より寒いのかと、前年の日記を繰って見ると、「春分の日」の最低気温が16度で、それ以降は8度以下の結構寒い日が続いている。1度という日が2日もあるから今年より寒かったのかもしれない。

 人の感覚というものは勝手なもので、今現在が寒いと、かつて無い位寒いように感じるから面白い。
梅の開花は少々遅れたが、桜の開花は昨年と余り違いはないと云う。
 

明日から2月

 投稿者:風来坊メール  投稿日:2012年 1月31日(火)21時50分37秒
返信・引用 編集済
   年が改まったのも束の間、1月も終わり明日から2月。週末には立春を迎える。
思えば昨年の春の歩みは3月11日で止まった。東北ではようやく雪が解け始め、遅い春の訪れに心弾ませていた時期だったに違いない。

 私は漫画家のバロン先生のバロンピックに招待され、6日~14日まで指宿へ帰省中の出来事でした。
丁度その時刻、疲れた70歳の超肉体美を砂むしに埋めて、わが世の春を謳歌していた。
すでに南国指宿では菜の花も咲き終え、一足早い春を迎えていました。

 暦の上では間もなく春だが、体感的には一年で最も寒い時期。耳を切る寒さに背中はどんどん丸まり、分厚いコートやマフラーが手放せない。
北国からは大雪が暮らしを直撃する映像が連日伝えられ、春の実感には程遠い。

 だが街へ出て目を凝らせば、蝋梅の可憐な黄色い花と、ほのかな甘い香りが春の訪れを告げ、梅の蕾も日に日に膨らんでいる。落葉の下から福寿草が顔を出すのも間近だ。
後半月、この極寒を乗り切れば寒さも和らぐ。みんな風邪引くなよ、春は着実に近付いている。
 

散歩道

 投稿者:清瀬のばっばん  投稿日:2012年 1月15日(日)14時10分13秒
返信・引用
  ホテル大谷は 私の散歩道の途中休憩所 神宮球場の裏を抜け イチョウ並木を横目に
東宮御所の前を通り抜け ちょっと淋しい道筋を抜けると 迎賓館の横に出ます その前
遠くに そのホテルが見えます 迎賓館の前を通り 青山通りに出ます それを左折 赤坂見附の方へ「虎屋」を右に少し歩くと 弁慶橋が左にあります それを渡り
100~200メートル歩くとホテル大谷の 裏側に出ます そこに入ると 私の目を楽しめる物があって ウインドーショッピング そして一休み 帰りは「虎屋」によって 少し美味しいものを買って帰ります
ときには 外苑前から表参道へもう少し先へ足を延ばすと「紀伊国屋」スーパーがあります
ちょっと高級な商品ばかりですが 目を肥やす為にもよくいきました
表参道に戻り 原宿のほうへ 森英恵のブッテックや外国人向けのお土産店など 私を楽し
ませてくれました 明治通りを右に折れて我が家に帰っていきました

今の清瀬は空気は良いのですが 散歩している人が おじさん、おばさんで 華やかさがないのでつまらない  そうはいっても 私も品クレタ婆でした  ごめん!
 

変わらぬ物

 投稿者:きくちゃん  投稿日:2012年 1月 3日(火)18時25分35秒
返信・引用
  お久しぶりです。

今日、お墓参りの帰りにホテルニューオータニの展望レストランに行きました。
実に40年ぶり。40年前に何で行ったのか覚えていませんが、母方の伯父と一緒
に写っている写真が残っています。

この時に、覚えているのがケーキ。ケーキなんて年に一度食べられるかどうか
という頃でした。私はイチゴがのったショートケーキが欲しかったのに、何故
だか、コーヒー豆の形をしたチョコレートがのった茶色いケーキが目の前に置
かれたのです。子ども心に
「なんで、こんなケーキなんだろう。白いケーキの方が美味しそうなのに。」
と、贅沢にも思ってしまいました。

今日はバイキングでした。デザートコーナーに行くと…

なんと、サイズは小さいですが、ちゃんとイチゴショートとあのコーヒー豆形
のチョコレートがのった茶色いケーキがあるではありませんか!うれしくなっ
て両方食べてしまいました。茶色いケーキはチーズケーキでした。(あまり
チーズの味はしませんでしたが)40年たっても変わらずにそこにあったことが
とてもうれしかったです。

味は…
やっぱりイチゴショートの方が美味しいと感じた私でした…。

 

年賀

 投稿者:風来坊メール  投稿日:2011年12月31日(土)15時18分10秒
返信・引用
       謹賀新年
                     

         旧年中は大変お世話になりました。
            本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。
               皆様方の益々の御健勝とご活躍を祈念いたします。

           尚、「輝叔父さんの独り言」もよろしくお願い致します。


             平成24年1月1日

                              風来坊&ずんだれ叔母さん
                                                    
 

海鼠(ナマコ)に問いたい

 投稿者:風来坊メール  投稿日:2011年12月31日(土)12時02分1秒
返信・引用
   正月向けに「このわた」出荷が能登で最盛を迎えたという記事があった。
辞書には、このわた「海鼠腸」の字があててある。確かにナマコは海のネズミみたいな姿である。
その腸を塩辛にしたのが、「このわた」という。
酒飲みには極上の酒の肴として珍重されるらしいが、生憎下戸にはさほど美味しいとは思えない。
このわたの文字によだれを垂らす人が羨ましい。

 ナマコの酢の物には馴染みがあり、その食感はコリコリしてグーだが、ネズミみたいに不格好な生き物に、美味を見つけた先人の食い意地には感心させられる。

 以前行ったグァムの海にはナマコが沢山居た。最初は気味悪かったが、その内に馴れて海中の砂浜に転がるナマコと一緒に泳いだものだ。このナマコと能登のナマコは異種らしい。

 歳時記に芭蕉の句がある「生きながら一つ凍る海鼠かな」食欲が湧く句ではない。芭蕉は海鼠が苦手か?
「浮は海鼠仏法流布の世なるぞよ」は一茶の句。有り難い世の中なのだから、海底から顔を出せと呼びかける

 そう言われてもナマコは身を固くして居座るかも知れぬ。その頑固さを一茶は愛したのか?。

 後、11時間で今年も暮れる。年が改まって「浮上」の浮世が来るのか?
   それとも、多難に耐える日がまだま続くのか?  ナマコに問うて見たい気がする。

 それでは皆さん、佳い年をお迎え下さい
 

忘却と絆

 投稿者:風来坊メール  投稿日:2011年11月30日(水)11時46分14秒
返信・引用
   今年も残すはあとひと月、年の瀬が近付くと何故か「忘却」という言葉を切実に感じる。
「忘却とは忘れ去ることなり」。かつて一世を風靡したラジオドラマ「君の名は」冒頭のナレーション。
当たり前だというなかれ。繰り返し語らねばならないほどに、人の心は移ろい易い。

 中学時代にグラマン(戦闘機)というあだ名の英語の教師がいた。後に綺麗な白髪になり転勤。
転勤先ではブラッシー(白髪のレスラー)と呼ばれ、定年を開聞中(開聞岳の麓)の校長で迎えた、超有名な先生であった。

 或る時、私が悪さをして職員室に呼ばれ担任に叱られる。終ると次から次に先生に呼ばれ説教される。
教頭に呼ばれ最後の説教が終わったぞ、神妙に頭を下げて職員室を出ようとすると、「オイ末次来い!」と必ず声を掛けたのがグラマン先生だった。
「もう悪さをしないでくれよ」と泣き落としの先生。「今度やったら承知しないぞ!」と脅迫まがいの先生。
色々居る中で、グラマン先生は『先生方に叱られたからと云って、シュンとおとなしくなるなよ、お前がシュンとしたら学校が面白くなくなるよ』と大声で変な説教をする先生だった。今先き叱られた先生方のいる前で、「ハイ」とも言えず困惑したものだ。
  その先生が卒業生に贈った言葉は
『忘却とは忘れ去ることなり。忘れるくせに忘れまいと努力する者の心の悲しさよ。』であった。

 季節も移り、年末恒例の流行語大賞候補、震災関連の言葉が目立つ。
「あけぽよ」とか「ぽぽぽぽーん」とか意味不明の難物も。風に舞う軽い言葉達、来年の今頃何処にいるの?
 今年の漢字と合せて二冠が取沙汰されるのが「絆」。
親子の絆、家族の絆、一族の絆、師弟の絆、主従の絆、友情の絆、・・・の絆。
出来れば、やはり言葉の栄誉は辞退願って、何処かにずっと刻み付けておきたい言葉「絆」。
常磐(ときわ)木の緑のように色褪せてはいけない言葉。忘却ではいけない「絆」である。
 

学校公開

 投稿者:きくちゃん  投稿日:2011年11月 3日(木)10時49分57秒
返信・引用
  こんにちは。

今日はお休みですが、昨日と明日は勤務先の学校公開です。
ここ数年は上の学年ばかり受け持っていたせいか、1年生担任の
今年は、参観者の数の多さに戸惑っています。授業はあたり前
ですが、給食準備から給食を食べる姿までしっかり参観されて
おります…
そればかりではなく、隣のクラスの保護者やおじい様おばあ様
まで参観があったり…その熱心さに驚いております。

上の学年に行くと参観者も少なくなるのですがね。

さてさて、またまた親ばか全開情報を。

先日、娘の部活(合唱)が全国大会に出ると書いたと思うのですが、
全国大会で金賞を受賞しました!(朝日新聞を購読されている方は、
10月31日付の記事で書かれていると思います。)
音楽系の大会は、出場した学校全てに「金」「銀」「銅」のいずれ
かの賞が贈られます。「金」の中で、「文部科学大臣賞」だとか
「開催地の市長賞」など副賞がつくことで、一位から三位までは順
位付けがあります。今回は副賞がなかったので、三位以下ではあり
ましたが、苦節3年の姿を見ていたせいか子どもより親の私の方が喜ん
でおります。

若い時に何かに打ち込むっていいですね…

私も何か仕事以外に打ち込める何かを持ちたいです。





 

終わりました

 投稿者:かっちゃまんメール  投稿日:2011年10月31日(月)22時31分52秒
返信・引用
  今年のプロ野球も、とうとう終ってしまいました 野球

若干一家族だけポストシーズンが続いているようですが・・・ ブーイング

今シーズンは月1回のペースで東京ドーム等に足を運び息子と
応援していましたが・・・汗

誠に残念です。 TдT

今日は息子は半ば諦めムードでスワローズの応援歌を
歌いながらジャイアンツを応援 していました´Д`

下の娘も7回裏の東京音頭を食い入るように見てるし、数年先は
清瀬の人達に野球観戦の楽しみを取られそうな、そんな不安が
よぎってしまいますが・・・'_';

来年に向けジャイアンツファンクラブの会員更新をしようと思いますチョキ

ジャイアンツファンの皆様 来年も盛大に応援しましょう。力こぶ


ここでお知らせです↑

先日、メールアドレスを変更しましたメール

アドレスは jkcwd762@ybb.ne.jp です^▽^

お気軽にメールを頂ければと思いますので、宜しくお願いします土下座
 

秋晴れ

 投稿者:清瀬のばっぱん  投稿日:2011年10月28日(金)23時01分28秒
返信・引用
  昨日 今日と澄みきった青空 それ!とばかりに お布団干したりシーツを干したり 忙しい日でした あまりにも澄みきった空なので 真上を仰いでみた 1センチも満たない銀翼を光らせた飛行機が 音もなく西の方へ飛んでいきました 鹿児島、沖縄へ行ったのかな

この季節になると ベランダから富士山がよく見え さえぎるものもなく雪をかぶった富士山の雪のない肩のあたりまで見えていたのに 私立小、中学校に四角い大きな塔が建て
富士山を99パーセント隠してしまいました 本当に残念です!!
 

童謡・唱歌

 投稿者:風来坊  投稿日:2011年10月 3日(月)10時32分44秒
返信・引用
   夕空晴れて 秋風吹き。近くの咲いていないバラ園のベンチに腰掛けて、澄んだ秋の空を眺めている中に、懐かしい歌が口をついて出てきた。
ひと月後の関東関西の同窓会で吹くハーモニカの一曲はこれに決めようと吹いてみる。
「故郷の空」なかなか雰囲気のある、いい曲だ。

 帰って『想い出の童謡・唱歌集』を開いて見ると、120年余り前『明治唱歌・第1集』で発表されたという。随分長く歌い継がれて来たものだ。
作詞は東京高等師範学校で教壇に立った大和田建樹。ご存知の通り、曲はスコットランド民謡である。
当時、外国の曲を日本語で歌うことに批判的な外野の声も多かったが、大和田は全く頓着しなかったそうだ。
長く親しまれる歌となったのは郷愁を誘い、父母や兄弟への思慕の情が募る歌詞の方が大きいのではないか。

 夕焼 小焼けの 赤とんぼ・・・。この「赤とんぼ」は誕生して80年以上経つ。
大正時代に詩が発表され、昭和に入って曲が付けられた。
歌詞に「負われて見た」とあるが、誰の背中に負われていたのか?かって話題になった事がある。
母親説もあるが『子守の「姐(ねえ)や」が正しい。と作詞者の三木露風が書き残している。

 この曲も郷愁を誘ういい曲であるが、手術後肺活量の少なくなった私が、同窓会で皆さんに聴かせるのは、息も続かないのでこの「赤とんぼは」はボツにする。
 

親ばかです

 投稿者:きくちゃん  投稿日:2011年 9月14日(水)21時37分59秒
返信・引用
  お久しぶりです。

私の娘らは合唱をやっているのですが、上の子の通う中学校の音楽部が
合唱コンクールの全国大会に出場することになりました。娘が入学する
前は全国大会に連続出場していたのですが、入学してからはずっと都大
会止まりだったのです。苦節3年。やっと望みがかないました。

http://www.kugayama-h.ed.jp/blog/?p=5337

親ばかな書き込みですみません…。

あ、そうそう。弘樹君はこの夏に100メートルで中学陸上の全国大会に出場した
そうです。こちらも成長が楽しみです。
 

あれから半年・・・ですね

 投稿者:かっちゃまんメール  投稿日:2011年 9月12日(月)00時38分48秒
返信・引用
  みなさん ご無沙汰しております 土下座

気が付けば、若手の投稿がめっきり減ってきていますが・・・´Д`

我が家は夏バテ知らずで皆元気で暮らしております力こぶ

さて、未曾有の震災から半年が過ぎました汗

千葉の外房・九十九里南端でも普段は穏やかな海が牙を剥き、海岸沿いの
サーフショップが津波で浸水したり、港から出すことが出来なかった漁船が
ひっくり返ったりと、規模は小さいものの被害が出ました。パトカー

仕事の帰り、一服をするために海岸に立ち寄る事があるのですが、普段は
この海が牙を剥くなど、全く想像が出来ないくらい穏やかな海が広がっています。サーフィン

最近になり、ようやくサーファーで賑わうようになりましたが、それでも今年の
夏は、海水浴客がかなり少なかったとのことでした汗


我が家も今年はプールや海には行かず、野球三昧野球

練習や試合だけでなく、イースタンリーグの観戦・ジャイアンツ選手のバット引き
(選手が打ったあとのバットやレガースの片付け)を光陽が担当させてもらうという
おまけ付き´Д`

イースタンとは言え、松本選手・矢野選手・大田選手などが居ますから・・・^▽^

思わず親である自分が「俺がやる!!」って言ってしまいました汗


毎週土・日は野球の付き添いのため、親子して顔・首・腕は日に焼けて真っ黒です^▽^

夏の時期、しっかり鍛えてもらって これからの季節、風邪を引かない元気な親子
でいれれば・・・と思っております力こぶ

自分は「年寄りの冷や水」にならないように注意・・・ですね汗

写真は九十九里南端より数百メートル南側、三軒家の海岸の海です。

仕事の帰り、1服しながら撮りました。タバコ
 

夏の終わりに要注意。

 投稿者:風来坊メール  投稿日:2011年 8月25日(木)22時30分47秒
返信・引用 編集済
   「残暑お見舞い申し上げます」では、もうチョッとピント外れの感がありますね。
夏の終わり、脇に払いのけた上掛けを、ここ数日はしっかりくるまって安眠された方も多かろうと思います。
一雨毎に大地のほてりが冷まされて行くようです。秋雨前線が激しい残暑を追いやってくれました。
電力消費も抑えられているに違いない。近所の公園の秋蝉も、ここが先途と激しく鳴き続けております。
確実に季節は変わり虫の音が響く季節がもう其処に来ています。この時期大切なことは身体の変調を来す事。
先ず、凌ぎやすさに錯覚を起し、自然と食事の質と量が変わります。若い人は特に無理をします。
これからのひと月、体調には充分細心の注意を払って、天高く馬肥ゆる秋をお迎え下さい。
 

万年暦さんへ

 投稿者:清瀬のばっばん  投稿日:2011年 8月23日(火)23時42分51秒
返信・引用
  先にお祝いのお言葉をいただいていたんですね ありがとうございます 私は良いおばあちゃんだと思っていますよ 子供たちを悪い時は叱り 良い時にはうんと褒めて ご褒美を上げることもあります 就丈の漢字検定のきっかけをつくったのは私らしい 3年生のころに
漢字の問題集を与えてからの始まり と言われています その他もろもろ影響を与えているようです  ちなみに 就丈は漢字検定は2級を合格し次回順1級をうけます
 

お久しぶりです

 投稿者:清瀬のばっばん  投稿日:2011年 8月23日(火)23時11分30秒
返信・引用
  昨年の9月にWinndows'7に変えたら全く操作ができずに 我が家のボスに聞くと 自分で本を読むなどして勉強したほうが覚えるよ などと教えてくれません でも肝心な処はちゃんと操作してくれています それを何度も私が聞くので怒ってしまいます
この7月からパソコン教室に通っています ボスの言っていることが少しずつわかってきました   子供たちの覚えは早く 2階にもう1台ありますがもう絵もかきはじめました 画動でゲームしたりしています

そおそお 今日は私の誕生日です この日に再投稿できてうれしいです
 

誕生日おめでとう

 投稿者:万年暦  投稿日:2011年 8月23日(火)17時18分54秒
返信・引用
   今日8月23日は恭子の誕生日だよね。73才のおばあちゃんだろうが、78歳の兄貴から見ると70年昔の可愛い幼児の頃がなつかしい。加藤家のよいおばあちゃんになれよ。後期高齢者になっても7名の誕生日は忘れないよ。先ずはおめでとう。元気でくらせよ。
                                  八王子より
 

暑中お見舞い申し上げます

 投稿者:シアトルの春団治メール  投稿日:2011年 8月 9日(火)20時20分29秒
返信・引用
  暑中お見舞い申し上げます。

 日本の猛暑を皆様方は如何お過ごしでしょうか?
今日の東京は35度、八王子市34度。熊谷市36度などとNHKニュースで視聴するだけで、汗が吹き出、蒸し風呂に入っている様な気持ちに成ります。
まして湿度が高い日本、日本人の我慢強さは季候風土から培われるのではないでしょうか?
アメリカでもテキサス州やアリゾナ州、ネバダ州等砂漠地帯の都市はこんな所に良く人が住むものだ・・・と仕事の出張や若い頃2度の大陸を横断する時に思う事でしたが、其れは涼しいシアトルを知っていればこそ・・・

今年のシアトルは例年以上に涼しく昼は23~25度、朝夕は12~15度ジャンバーやカーデーガンが必用で拙宅(薩摩庵)のサクランボ、スモモ、マリオンベリーの果物は不作の年の様です、リンゴ、洋梨は
虫食いで秋の収穫はおぼつかない事でしょう。

話は変わりますが、この涼しいシアトルへ避暑地としていらっしゃいませんか?
親族の方は薩摩庵へ無料で招待致します。
往復の飛行機代と当座の小使いを持参すれば食事と宿泊は当方で提供致します。
私と愚妻は火曜日~土曜日までは仕事に出掛けますので皆さんは家でのんびりするも良し、休養を
しながら、アメリカ滞在を楽しみ、日曜と月曜の定休日はお望みの観光地や野球見学に連れて行きますヨ!! 緑の森林浴と日光浴が我が家のご馳走ですので何週間でも何ヶ月でも逗留して下さい。
休みの日は美味しいバーベキュウーや焼きお結び、焼き茄子、美味しい味噌汁などは薩摩庵ならでは・・・薩摩庵の翁も67歳を迎えましたが、店の台所や駐車場で若い皿洗いで腕っ節の強い高校生を相手に相撲を取っては怪気炎を吐いています。

サテ皆さんは小生の名前やビストロ薩摩、シェフタック末次、或いは末次毅行、シアトル鹿児島県人会などをインターネットで検索した事が御座いますか?

最近知人にブログを立ち上げて貰いました。小生の波乱万丈な人生体験談、料理に関する講演デモストレーション、交友関係はフランスやアメリカでの生活が長いだけに資料も沢山有ります。

大成功は未だに成し得ていませんが、客席200人以上の店を2店舗、客席60人程度2店舗、ファーストフード店1店舗を1967年から今日まで時代と共に生き、世界の経済や事件、好不況の荒波に揉まれながら、一介の板前が何事にも恐れず、挫けず生きてきた人生行路をふうてんの寅さんよろしく、又浪花の春団治よろしく、時にはプロの流儀よろしく、崇高なる板前と気違いとの紙一重は此れからのブログを読んで下さる方々のコメント評価に依ることでしょう。

時間が御座います時に“シェフタックのつぶやき”を御覧下さい。
 ブログは cheftak.exblog.jp です。

 

tackへ

 投稿者:万年暦  投稿日:2011年 6月18日(土)14時17分2秒
返信・引用
  67歳の誕生日おめでとう。
 元気かい、君の方から言い出した、絶交宣言が効力中でも、君が生まれた6月17日は忘れないよ。美苗さんと仲睦まじくくらせよ。                                              一人暮らしの弘より
 

3カ月

 投稿者:きくちゃん  投稿日:2011年 6月14日(火)02時00分16秒
返信・引用
  あれから3カ月たちました。
3月11日よりちょっと前にニュージーランドで大地震がありましたが、
昨日最大余震があったようです。
…ということは、日本でもまた???と思ったりします。

職場に居るのが一番安全かもしれないけれど、願わくば家族と一緒の時
がいいと思ってしまう私です。
 

3・11

 投稿者:風来坊メール  投稿日:2011年 5月11日(水)13時40分25秒
返信・引用
   人の噂も75日。その時話題になっても時が経てば人の関心は移ろい、忘れ去られてしまう。
3・11から丁度2ヶ月が経ったが、東日本震災は過去のものとはならない。

大津波などによる死者、行方不明者は約2万5千人。
この途方も無い数字の中で、国民の一人一人が真剣に考えさせられた2ヶ月間だった。

 大型連休中、東日本大震災では多くの災害ボランティアが大活躍した。
ボランティアに参加した理由は様々だろうが、あまりの惨状にいてもたってもいられず、行動を起こした人達が多かったに違いない。
普段何も感じなかったが、この2ヶ月の間、足腰の老弱した我が身のだらしなさに、憤慨し続けた。

大震災は多くの人が同じ思いを抱いた。「自分に何が出来るだろうか」。その思いはそれぞれの立場や仕事で生かされ被災者を支えた。
芸能人や著名人らも義援金を募り、現地での炊き出しや物資の運搬等、出来る事から支援の手を差し伸べた。

いかなる理由からであっても行動は貴い。座したまま人を批判し、批評する事はたやすいが、行動する事がいかに難しいことか。震災は不幸な事ではあったが、一方で多くの賢人を生んだ。

   【テレビのコマーシャル】だが、
 『心は誰にも見えないが、心遣いは誰にでも見える。思いは誰にも見えないが、思いやりは誰にも見える』
                                    いい言葉ですね。
 

我が一族の花見大会

 投稿者:風来坊メール  投稿日:2011年 4月23日(土)15時50分31秒
返信・引用
   北陸は桜前線の真っ只中、満開の花便りが届く。花に浮かれるのをはばかる向きもあるが、
こんな時だからこそ、落語「長屋の花見」の心意気である。
 大家の掛け声で、貧しき一行が花見に繰り出す。煮出した番茶を一升瓶に詰めて、酒の代わりに用意した。
酒の肴は卵焼きと蒲鉾というが、実は黄色のたくわんと半月形に切ったコウコ。
懐がピンチでも陽気にやるのが、我らが八っつあん、熊さんである。
節電の掛け声で、首都圏の街は随分暗くなった。戸惑いと共に、夜空の美しさにハッとしたと言う声も聞く。
「不夜城」などと電力の浪費を自慢する暮らしを見直すチャンスだと思えば、知恵も働くし、元気も出る。
酔えぬお茶に興じた長屋の花見は、「大家さん近々いい事ありますよ」で終る。「だって酒柱立っている」。
蛇足ながら、酒に見立てたから、茶柱でなく「酒柱」と洒落た。
 被災地からも花便りが届く。今年の桜は悲しい、という声も報じられる。
花まで失われたら、もっと辛いに違いない。「桜が咲いた、近々いい事がある」そんな言葉を早く聞きたい。
 今朝のニュースで、あの瓦礫の山に鯉幟が立った。全て災害現場の瓦礫の中から拾ったものだという。
柱も鯉幟も・・・。立てた人が「こう云う時だからこそ、これで元気を出そうじゃないか」との一念だとか。
この鯉幟が尚一層元気で立派に見えた。今年の桜は皆さんも自粛して、もやもやしているのでは?
よっしゃそれでは花見に行こうと思っても、もう桜は遠くに去ってしまった。
そこで、昨年、一昨年の桜ではあるが、改めて景気直しに画面の桜を堪能して下さい。
我が一族の花見大会です。場所は日野市と立川市の境、多摩川べりの根川公園です。
 
 

風流

 投稿者:駄馬  投稿日:2011年 4月20日(水)22時12分25秒
返信・引用
   桜が咲くと、決まって肌寒い日がやってくる。「花冷え」「桜冷え」と歳時記にある。
風流だが江戸か上方で生まれた言葉だろう。北国の人にとって、「冷え」と言うほどの寒さではない。
「花冷え」の近くに「亀鳴(かめな)く」という春の季語が出ていた。ページをめくると「田螺鳴(たにしな)く」とある。
残念ながら亀もタニシも鳴き声を聞いた事が無い。風流人には不思議な耳があるもんだ。
「田鼠(でんそ)化(か)して鶉(うずら)となる」という季語もある。モグラがウズラに化けるという。
冗談もほどほどにと思うが、畑の作物が根を張って成長するからモグラは姿を消し、ウズラが姿を現す。と注釈にある。
云われてみれば、命が溢れる春の畑には、モグラよりウズラの愛くるしい姿が似合う。
鳴かぬ亀やタニシも春の日を浴びるあと、生きる喜びを歌いたくなるに違いない。我らが先祖は、巧みな自然観察者だった。
つばめの初飛来が確認されたと言う。こんな悲しい春にも、忘れずにやって来てくれた。
いつもと変わらず春が過ぎて行くのが有難い。東北地方の荒れた野でも、亀もタニシも鳴いてはいまい。
 

新学期

 投稿者:きくちゃん  投稿日:2011年 4月 6日(水)22時19分13秒
返信・引用
  新学期が始まりました。私は久しぶりの1年生です。
昔の1年生はとってもかわいかったです。でも、今の1年生は…です。
前評判でやんちゃな子たちの集まりだそうで…。
ある意味、覚悟して望まないといけません。
 

「清明」

 投稿者:風来坊メール  投稿日:2011年 4月 6日(水)22時05分58秒
返信・引用
   きのう5日は24節気の一つ「清明」であった。空気も大地も明るく清らかな状態を指す。
しかし、暦の上の美しい言葉と実態がこれ程隔絶した年もあるまい。
確かに柔らかな日差しは春のもので、朝露に光る若い草花はみずみずしい。
ここ日野宿でも間も無く桜の蕾がはじけ満開を迎える。桜前線は北上を続け、東北地方でも被災に耐え、
あるいは震災を免れた桜がやがて花を咲かす事だろう。
 被災地以外でも不安の根源になっているのが、福島原発である。放射性物質は空気に混じり、風に流され、
目に映らない。健康を損ねる心配はないと言われても、気持ちのいいものではないだろう。
各地に非難した人々が、体育館などで黙々と避難生活を続けている。列島の今は「清明」とは程遠い。
しかし暴動ひとつ、略奪一つ起こらないこの国の様子に、世界中が驚いていると言う。
日本国民の忍耐力、規律正しさ、互助の精神の深さに驚嘆し、放射線物質と戦う人間の勇敢さを讃えている。
これが国難に遭遇した日本人の姿なのだろう。「清明」は必ず来る。少し位暦と違ってもいいではないか。
 

な~んか変な四月

 投稿者:風来坊メール  投稿日:2011年 4月 2日(土)17時25分37秒
返信・引用
   朝、歯科医院に向かう途中、木の枝をじっと見上げている母娘連れを見かけた。
桜が少しだけ白い花をつけていた。蕾みはよく張っている。いつもの四月ならそんな気分で始まるが、
今年は違う。
新年度のあらたまった、またせわしない様な日本の四月が、祈りと我慢と励まし合う四月になった。
三陸の或る漁港で、久し振りに網を入れたら大漁だったそうだ。喜びのはずが物悲しい。
 

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